過去日記 2015/6/18

 どうしたら私は卓越した人間になることができるか。そして卓越する必要がどこにあるのかという問題。
 卓越した人間というのは真に優れた人々から評価され、望んだ富をある程度手に入れて幸運な生活を送ることのできる人間というのがおおざっぱな解釈だとする。並外れた革命家、半神の戦士ではなく。私は卓越した人間になりたい。これは我欲だろうか。これは持つべきでない欲求であり、必要のないあこがれだろうか。まず第一に私はサラリーマン労働をしたくない。そんなことをするくらいなら死んだ方がマシだというくらいにやりたくない。自殺を考えてしまう。なんだサラリーマンって。信じられない。どうして隷従がこんなににこやかで健全なものとしてまかり通っているんだ。どうして大半の人間がサラリーマンになってにこにこしているんだ。視野の狭い私には、このサラリーマン労働へのベルトコンベアー式潮流から逃れるためには人よりもずば抜けて優れた才能を発揮しなくてはいけないように思われる。サラリーマンになる人間の気持ちも実は分かる。そこから十分な蜜を得ているからこそにこにこしていられるということは確かだ。いくら見下そうがバカにしようが、人間は人間、私と同じ感覚器官を持つ連中のことだから、私が不快に感じることに快感を見いだしたりなどはしていない。隷従の代わりにそれを補ってあまりある蜜を得ていることは確かだ。それはなにか? まず必要とされているという安心感。曲がりなりにもなんらかの技術、仕事の技法が身についていくという自信。社会的な地位(周りがみんなサラリーマンならサラリーマンになることが心地よい交友を可能にするというのは明らかだ。もし生まれた階層がサラリーマン階級ならそうだ。貴族だったら商人に身を落とそうなどとは思いもよらないだろうが)。意地悪なことを言うと、サラリーマンこそが普遍的な人間のあり方とさえ思っている節があるのではないか。ニンジャスレイヤーじみているが(ニンジャスレイヤーはすばらしい作品である。単なる滑稽な娯楽ノベルにとどまらず、鋭い批判精神と人間観、世界観、宇宙観が秘められている)、実際そうとしか思われないところがある。私がサラリーマン労働を嫌う大きな理由の一つは、そうした人間と人生の大半を過ごさなくてはいけないという絶望感にある。でも人間づきあいがなかったとしても、誰ともしゃべらずひたすら単純作業に従事するなんてのも最悪だ。とにかく幸運とも不運ともとれる時代に私は生まれた。一〇〇〇〇年後に生まれていればもっと楽しい環境だったかもしれない。二〇〇〇年前に生まれていればもっと過酷な環境だったかもしれない。それは分からないし、過去はもっと厳しかったのだから現代の厳しさには文句一つ言わず耐えろというのは詭弁にすぎない。とにかく知覚機能、それを魂と言い換えてもいいが、を授かったのはこの時代のこの時間においてなのだ。さてこの時代においてやることといったらなにか? 哲学か? 哲学だ。即物的な欲望に基づく野望を捨てて哲学をしよう。どの時代に生まれたとしても、やるべきことは哲学だ。哲学とサラリーマンとしての隷従生活は両立できない。これは絶対その通りだ。そうできるようになってはいないのだから。サラリーマンとしての隷従生活および他のあらゆる隷従生活から脱却するにはどうしたらいいか? 卓越した才覚、能力を発揮し、今こそ失われた人間としての高貴さを取り戻すことだ。それは名誉と富と教養を身に備えるということだ。そのためには具体的になにをすべきか? 宝くじ。神のみぞ知る。作家業として一発当てる。これはやる価値がある。盗み。リスク。サラリーマンやって貯金。バカな。貴重な時間を捨ててなにをしようというのだ。サラリーマンが憎い。どうしてだ。子供じみた憎しみかもしれないこれは。分からない。愚鈍なサラリーマンが憎い。隷従を自覚し、為すべきことを把握しているサラリーマンならまだしも、サラリーマンの身分でありながら己の境遇に満足し、つまらない技術と仲間づきあいを誇りにしてにこやかに死んでいく連中が憎い。一人にこやかに死んでいく奴はまだしも、そうした誤ったやり方を子供たちに継承するのは悪い。●●の教育係みたいな奴のことだよ。人の独身をバカにするわけではないが、独身なら独身なりの生き方というものがあろうに、あやつ、独身のくせして古典を友とせず、隷従と鉄鎖を誇りにしながら、周りに追従者をはべらせて死んでいくのだ。なんてことだ。なんなんだこの闘志は。害意は。あんまりこんな子供じみた狂気じみたことを書きたくはないのだが、日記にものごとを隠し立てしても仕方ない。書かざるを得ない。どうしてあんな野郎を崇める教団が成り立つんだ。あの野郎が一人でへんてこな踊りを踊っているならいいが、どうして追従者が現れるんだ。隷従を自覚している奴は上出来だ。それが正しい。ともすれば私もそういう仲間に加わるかもしれない。戦いに敗れて。
 とにかくさんざんに破れるまでは、私にも戦場へ赴く機会はあるわけだ。そして今まさにその戦場に立っているのじゃないだろうか。サラリーマンという巧みに隠蔽された隷従制度から抜け出すには、卓越した人間になるしかない。これは徒な欲ではなく、哲学のために、理想の生活のために必要な勝利である。考えてみれば●●のあの奴隷だって、戦いに敗れあの境遇に身を落とし、心身ともに質に入れてしまったと考えられなくもない。勝者は経営者、大商人だ。私は勝者を憎むのではなく、勝者を素直にたたえたい。たくさんの富を手に入れて、優雅で高貴な人間にふさわしい生活を送っていることだろう。それを素直に祝福したい。私は敗者のなかでも、敗北に馴れ敗北の思想を喧伝する奴隷の中の奴隷を憎む。当の私はこれからどうするのか。書け! 戦え! 書け! 戦え!

抱卵について 2017/5/13

 きょうも中途覚醒してしまった。4時台に起きてしまった。もう数日連続で中途覚醒している。こういう健康管理ができるのは日記のひとつのメリットだ。昨日はフルニトラゼパム2mgを入れたのにそれでもこのザマだからおれの無意識の緊張は相当なものなのだろう。仕方のないことだ。現代が悪い。おれは悪くない。おれの体調は悪い。ゆりかごから墓場まで現代人がついてまわる。おれはマッハ50で駆け抜けてそいつらを振り切ってやらなきゃならん。そうはいってもおれのビズが順調に進まない。まいった。こりゃ困った。おれは経験上体質的に8時間は寝なきゃいかんのにここ数日は6時間睡眠だ。いちおう6時間も寝られれば健康の範疇らしいから、さほど心配する必要はないのかもしれない。むしろ朝のささやかな余暇が多少増したと考えればある意味儲けかもしれない。

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 ここのところ気候が一気に温暖になった。メダカたちがついに卵を腹にくっつけ始めた。飼育用のバケツをあと2つ追加する計画がある。バケツを2つ、底石を必要量、アナカリスを1束、フロッグピットを1株購入予定だ。しばらくは水草水槽として2つのバケツを運用する。水質が安定したと思われたら、あるいは稚魚が孵化し始めるようだったら、新規のバケツのひとつに稚魚を移住させる。親魚と稚魚は同居できない。メダカは野蛮な生き物で、平気で子供を食らう奴らなのだ。別居が必須だ。1つは親ヒメダカ11匹を飼育するバケツ。1つは稚魚を育成するためのバケツ。もう1つのバケツには稚魚が成魚になった暁の引っ越し先。おれはいま貧困というやむない事情ゆえ一人暮らしをしているが、問題となるのはいざおれ自身が引っ越しをするとなった時に彼ら魚族どもをどうするかだ。佃煮にでもして食うしかないだろう。水草類はともかく、魚族を全部健在のまま長距離引っ越させるのは至難の業だからだ。多摩川あたりに放流するのは御法度だ。多摩川がタマゾン川と化す責任をおれも担うことになってしまう。生態系が崩れる。所詮人間だって自然の産物であるから、放流という行為もまた自然の行い、神々に許された行いであるかもしれないけれども。まあ今後奴らにあまりに愛着が湧くようだったら、いずれその処遇を上手く考えなくちゃなるまい。そもそもメダカってのは食って旨いものなのだろうか。誰か諸君のうちにメダカを、それも観賞用のメダカを食った経験のある者があったら教えて欲しい。ちなみにおれのこれまでの経験から、手に入れた稚魚をすべて成魚にするのは大変難しいと知っている。死ぬ者の数の方が多い。だからこそ奴らはあれほど多産で、毎日毎日飽きもせず卵のつぶつぶを腹に抱えるのであろうが。おれにやる気があったら手に入れた卵、稚魚の数を記録して、1cmくらいに無事育った稚魚の数をカウントしよう。のちの参考になるかもしれない。なんだかんだ言って、一定数必ず死ぬものと分かっていても、バケツを覗いて稚魚の遺骸を見つけると嫌な心持ちになるのである。そういう気分を多少は統計によって緩和できる。もっとも統計と呼ぶにはあまりにサンプルが少なく、また飼育の条件も限定され過ぎているからこの手法は完全に科学的とはお世辞にも言えない。ただの心の慰み、遊びでしかない。
 昨日は試みに15時頃にエチゾラムスルピリドジアゼパムを飲んでみた。いつも後者2つの錠剤は夕食後に飲んでいたのである。効果はなんとなく実感できたような、そうでないような感じだ。つまりはよく分からなかった。スルピリドドーパミンの放出を助けやる気を増強する効果がある。ジアゼパムは1時間ほどで最高血中濃度に達し、ある程度のリラックス状態に至る。とりあえずバイトは周囲の商人手伝い風情にバレないよう巧くサボタージュした。薬は関係ないな。いつもやっていることだ。おれはたいていの商人の数倍のタイピングスピードを誇る男だから、サボタージュしていても支障はない。だいたい数分の一の労力で周囲の者と同じかそれ以上の成果を出しているから、堂々と怠業を敢行しているのだ。空いた時間で記憶にのみ頼り『三銃士』のあらすじを一部書き出してみる。するとこの物語がかっちり三幕構成にはまっているのが分かる。マンの男に喧嘩をふっかけてこれに敗れ、手紙を奪われるのがインサイティング・インシデントだ。ダルタニャンが銃士3名と決闘しようという時、枢機官方の護衛士隊が現れて乱戦に至るところ、ダルタニャンが一瞬の逡巡のあげく銃士方につくことを決意するシーンがまずファースト・ターニング・ポイントである。それから第二幕が始まりダルタニャンは順調な騎士の生活を開始する。魅力的なシーン・シークエンスがいくつも展開され、含蓄に富んだ会話劇が繰り広げられる。デュマの素晴らしい筆致。マンの男と出会う前後、セットアップの段階でアンタゴニストであるミレディがいちおうわずかながら出現させられているのは巧い構成だ。ウィンター卿との決闘、それからミレディとの接近、ミレディが枢機官方の尖兵であることが発覚するのがミッド・ポイントであろう。それからディセント、ミレディの容赦のない反撃が始まる。終盤のシーン、ミレディの私刑とダルタニャンの最後の情けがセカンド・ターニング・ポイントか。それから枢機官、マンの男との和解、銃士たちとの別れ、プランシェの出世の後日談などがエンディングに当たるかと思われる。

隣人について 2017/5/12

 今晩はなんだかなにもしたくない気分なので早々に布団に入る。夕食には焼きそば3人前食べた。隣の部屋の紳士が引っ越すにあたって、おれに洗濯機と冷蔵庫を譲ってくれるという話がもちあがった。結局今晩その話はなかったことになり、レースのカーテンだけ譲り受けることになったのだった。いずれにせよその気持ちだけでも嬉しかった。近所付き合いの概念のない東京で、大した面識もない方からそうした話をもちかけられただけで一陣の涼風が吹いたような気持ちよさを感じた。
 なにもしたくない気分だったがいざ布団の中でこうしてポメラを起動してみると指がするする動くから不思議だ。どこかの作家が言ってたが人間読書量が一定を超えると自然とものを書かずにはいられなくなるのだという。おれは浅学の徒で読書も(貧困ゆえ余暇に恵まれないために)満足にしていない男だが、現代の膨大な情報量に曝されているために、こうしてするすると(つまらない)言葉が出てくるのかもしれない。それはとってもストレスフルなことだ。どうも苦役に身を投じてからというもの日記が愚痴っぽくなっていけない。学生時代の日記を読み返すと、文章の巧拙はともかく実に気持ちのよいイベントで内容が満たされている。本当にあの頃はおれの心身にとってよい時代だった。レポートが面倒だとかサークル活動が五月蠅いだとか学生なりの悩みは人並みにあっただろうが、それでも毎日活力を感じて暮らしていたと思う。もっとも大学一回生の頃は神経衰弱に陥っていた記憶がある。授業を受けられずテストにも出席できなかった。それは田舎(マイルドヤンキー文化圏)から都会(ある意味でのハイソサエティーなコミュニティー)へ出てきた者が圧倒されざるをえない、一種のカルチャーショックによるものだったといまでは考えている。とりわけ田舎の実家と都内の学校を毎日往復していたのだから、二つの土地での文化、言語、習慣のギャップに常にとまどい、苦悩していたようだ。そんなおれを救ったのは古典だった。特にルソーの『告白録』なんかはおれに凄まじい衝撃と救済を与えてくれたと記憶している。
 布団に入る前にパロキセチンの30mgとフルニトラゼパムの2mgを服用した。久々に、本当に久々に(おそらく1ヶ月ぶりくらいに)自慰行為をしてみた。たいした快楽はない。排泄のようなものだ。おれはこれで実際童貞だが(そしてそれに対してコンプレックスも抱かず、特段の関心もないのだが)、性交というのがあれほど世人の執着を誘うほど魅力をもつものであるかどうか懐疑的である。要は数あるドラッグのひとつに過ぎないのではないか。カフェイン、アルコール、様々なアルカロイド……ドラッグ――手軽に人間に快楽をもたらす物質は、時の政府によって禁止されたり容認されたり、つまりは流行り廃りでしかないように思うのだが、性交は現代の政府が容認しているドラッグのひとつというだけではないのか。最近はニコチンが不遇だ。カフェインには寛容だ。海外では大麻が隆盛しつつあるとか聞く。結局、流行り廃りではないのか。ニコチンが絶対の悪だとか、カフェインが善のネクタールだとか、そんなのは宗教の類だ。カフェイン入りの飲料を胃に流し込みながらニコチンの害を語って得意になっている商人がいた。おれは半分冷笑しつつ、半分(彼の視野の狭さに)憤り、いらだちを覚えていた。カフェインが禁止された歴史だって事実存在するのだ。ちなみにおれの中の流行りはエチゾラムジアゼパムパロキセチンゾルピデムスルピリドフルニトラゼパムトリアゾラムとリスペリドンと――そうした類の奴らだ。おれの健康などに関心を示すな、商人ども。誠実さの欠片もなく笑うんじゃない。貴様らはどう転んでも盗賊とか殺人者とか、そういうカテゴリーの人種だ。いまさら人倫を説こうとは思うな。

過去日記 2015/9/27

 25日はシャノアールののち、早稲田の屋内喫煙所、演劇博物館の近くで●●に電話。そしたら19時から二重丸で飲むということだったので、しばらくサングラスを装着してパーカーのフードをかぶって馬場を歩く。なかなか気分がいい。ドンキ上の本屋などで時間をつぶし、ロータリーで喫煙していると、喫煙所のとなりに見覚えある人間の集団がいることに気づいた。●●の姿があったので●●研究会かともおもったが、●●だった。サングラスを笑ってくれた。●●、●●、●●、●●、●●がいた。●●に関しては警備員の仕事を辞めたという話を耳にしてから、初めて会った。談笑ののち、二重丸へ移動。●●一次通ったってだけでもう作家気取りなところを見せられた。二重丸ではビールを飲む。●●くんが「大学に先輩がいなくなってさびしい」ということで、先輩待遇してくれた。タバコを無制限にくれて、火もつけてくれた。●●は翌日退学するために、退学届けをもってきていた。一度退学して、再入学して、また退学。家業の●●屋を継ぐということらしい。●●は警備員で老人たちを人助けしてしまう習慣が内在化するのに恐怖を感じて辞めたということだった。悪役みたいで面白い。あとから●●、●●、●●、●●、●●、●●がきた。特に●●に関しては、19時すぎ頃出発の新大阪から新幹線でやってきたのだった。22時過ぎて着いた。●●は解剖した人体を病院で見物してからきた。●●は看護の専門学校に通っているのである。●●は映像関係の仕事をずっとしていて、今はクラブミュージックチャンネルの有料放送を手がけているらしい。雑誌の編集かとおもったら違った。途中で●●が帰宅した。3000円もおいてった。最後に●●さんが、●●で作家やってる先輩がいるから紹介しようと言ってくれた。どうやら●●さんたちの話によれば、●●に理解があって、比較的雰囲気が小生に似ている人物らしいから面白い。現在連絡中だが、もし会えるのならこれ以上なく楽しみである。過度な期待は胸を締め付けるからしないでおくが、会えなくとも、そういう人がいるというだけでやる気が燃やされる。そういうことがありえるというだけで、人生に刺激が生まれる。どっかの大海でクジラがせり上がるのを想像するだけで、胸がわくわくするのと同じように、こう、ちょっと人生が火花を散らしたりするだけで、とんでもない爆弾に火がつく場合ってのが往々にしてある。会計は2000円求められたが、1000円しか払えなかった。●●と●●から大丈夫、大丈夫、といわれたのが本当に申し訳なかった。二次会の前に●●とその件でいろいろ話をして、LINEなどの交換をした。コロッケをコンビニでおごってもらった。ちょっとラノベの話もした。みなからはぐれたので、二次会の場所を二回間違えた。●●とクローバーというバーとなんちゃら水産にいったのだが、どちらも違った。もう一件違う場所にあるなんちゃら水産(さくら水産?)がビンゴだった。気持ち悪かったが、そしてお金がないので申し訳なかったが、電気ブランを注文。全部は飲めなかった。参加者は●●、●●、●●、●●、●●、●●、自分。途中で●●が来た。会社の飲み会に参加していたとか。●●は途中で帰った。●●と杏仁豆腐を注文した。今度●●、●●は香港にいくらしい。●●はいかないらしかったが、●●の分のチケットもとってあったので揉めていて面白かった。三次会は油そば、麺珍。入り口で逡巡していたら、●●がおごってくれるというので入った。気持ち悪かったが、おごると言われてしまっては断るわけにはいかない。●●とちょっと●●新人賞の話をする。油そばはあんがいいけた。小生のサングラス+フードすがたは、ジミーだかボマーだかに似ていると言われ画像を●●に見せてもらったがなるほど似ていた。それから●●の家へ突撃。しばらく音信不通の●●の家であるが、電気はついていた。2時ごろのことである。小生と●●と●●は下で待機していた。しばらくしたら無事潜入して●●の笑い声が聞こえたので、われわれも●●の部屋へ。しばらく会わなかったが、あいかわらず挙動不審のままで、愉快な男だった。本が山積みになっていたので、あれから読書してくれているようで嬉しい。嬉しいったって、別に自分の手柄でもなんでもないわけだし、ちょっとだけ競争心というか、負けてるんではないかという恐怖も覚えた。でも積んであるやつ全部読んでいるわけではないということだった。近況報告をしあって、毛布にくるまり床に寝た。酔っていたのでわりかし深く寝れた。朝、●●が頭を激しく掻く音で目覚める。●●は昨晩、最近卵アレルギーを克服した、と言いながら麺珍で卵のトッピングを注文していた。それが裏目に出たものではないか。かゆそうに何度も掻いていたが、おそらく寝ぼけた状態だったので歯止めがきかなかったろう。仕事と言うことで、早くに●●は帰った。それから所沢に行くということで、●●も帰った。●●もいつのまにか帰っていた。起きて大学へ。9号館前のトイレで用を済ませて、3号館で水を飲み、●●ハウスの前で喫煙。帰ったらみんなまだ寝ていた。しばらくしたらみんな起き出した。●●が朝食のトーストを焼いてくれた。●●と同時に食べる。もらったコーヒーが熱すぎて、手がひりひりした。パンにはチーズのかたまりがバターのごとく乗っていた。それから●●にジュースをおごってもらったり、●●と●●と喫煙したりして、最終的には●●のパソコン前で、みんなでcrazyなhomosexual動画を鑑賞した。またsyamu_gameなども。そういえば昨晩、●●が小生のブログ記事に言及していて、読んでいてくれてることが分かった。変態島風くんなどを見た。女装lesというとんでもないジャンルを知った。xtube。torブラウザというアンダーグラウンドなブラウザも知った。child masturbation。●●が途中から来て、●●の住所で妖しい媚薬5000円以上のを購入。14時過ぎてメーヤウへ。本当は帰ろうとしたが、●●がおごってくれるというので入った。激辛チキンカレーをみんなで耐久。●●だけはあっけらかんとしていて、おかわりまでしてたからすごい。一番はやかったのは●●だった。これからどこへ行くかということを、ナンプラーを食した数で決めるということだったが、それはいつのまにか立ち消えになった。食後、みなで春画展をみにいったが、入場料が1500円なので行列に並ばず、お暇した。そしたら●●もついてきてくれた。●●はこれから飯田橋で物件探しをするのだとか。youtuberの話などをしながら、早稲田駅で別れた。馬場歩きして、帰宅。帰りは超自然対策ラジオ対策室を聞いた。●●駅では、裏の土手にいって喫煙した。自宅到着。シャワー浴びて、ご飯食べて、●●さんに●●作家さんとの打ち合わせLINEの返信をして、デレステをやって、20時頃布団に入った。25日の昼食はすき家の並盛り。夕食は松屋のカレーと味噌汁。26日の朝食は●●トーストで、昼食はメーヤウ。夕食は焼きそばと豆腐・あぶらあげの味噌汁。
 今日は5時に目覚ましの鳴ったものの、8時に起きた。それからずっと執筆して、1万4千字。締め切りが近いとこんなとんでもないことになる。絶対に忘れるべきでない格言を実行したからでもある。その格言をここに記しておく。これは25日の夜、たぶん麺珍の前に思いついたものである。《一日の計は朝食後にあり》。受験時代にも適用されるほとんど普遍的な統計的事実である。朝食後すぐにとりかかったものによって、その日の事業の出来映えは変わる。ちゃんと抱えてるタスクに着手すれば、かなり気分はよくなるし、仕事も余裕をもって進められる。ネットに触れてしまえば、気分は悪くなるし、仕事をやっても思ったより進んでいない。朝のスタートダッシュが使えないというのはハンディだ。これは忘れるべきでない。これからも使っていこう。《一日の計は朝食後にあり》。午後は●●に行った。17時前に父と●●がきたので、帰った。その前に冷蔵庫のキリンレモンを飲んだ。●●脇の田圃の間で喫煙。昼食は冷蔵庫から発掘したものチャーハンと焼きそばを●●で。この発掘作業時に出たカビたポテトサラダの臭いが強烈だった。思わず容器も捨ててしまった。夜はてんぷらとごはん。
 また、昨日までは思ってもみなかったことが、今日起こるということがままある。たとえば25日、電車で老人に憤慨していたときには、まさか自分がこれから●●作家と接点を持つなどとは夢にも思ってなかったろう。これを毎日予想――回答で書いていってみよう。↓
 9月28日に起こる飛躍、予想「小学校あるいは中学校の知り合いを見かけ、会話する」

過去日記 2014/11/9

 今日は八時に起きた。朝食はおでんの残りとご飯。のんびりしつつ、十時頃から●●の続きを書き始める。昼食はインスタントラーメンとご飯。炭水化物しか摂取していない。午後もぼんやりと執筆の続き。十四時頃から昼寝。なんとなく筆が進まない。コロラドへ十六時頃再びやってきた。今、コロラドのカウンター席でこの日記を書いている。注文はアメリカン440円。秀吉の話をしているご婦人方や、地元の農夫らが憩っている。コロラドのコーヒーについてくるミルクは、ただの牛乳じゃなくて、濃厚なコーヒー用の乳だと分かった。大量に入れると塩気を感じる。筆が進まないということはどういうことなのか考えてみよう。一つは自分の部屋が悪いということ。どうにも薄暗く、また散らかっていて、お膳の高さもいまいち、作業が捗る環境にはない。どうしても息詰まって、●●などしてしまう。人間の作業が捗る環境整備技術の一つに、リビング効果、つまり人のざわざわしているところにいれば、なぜか集中力が上がるという効果を利用するものがあるらしい。実際、喫茶店にいるほうが筆は進むような気がする。これを利用することに、なぜか罪悪感を抱いてしまう。なぜなら、孤独の内に大事業を成し遂げることこそ、人間がもっとも強く美しく力を発揮するものであると心のどこかで信じているからだ。その考えの原因は、おそらく幼少期から読み続けている空手バカ一代など、梶原一騎的な思想だろうと思う。しかし偉大なギリシアの先哲、ソクラテスとその弟子たちは、ディアレクティケーすなわち対話術を哲学的技術の至上のものとした。つまり、一人ではいけないと主張したのだ。ソクラテスは著作こそ残さなかったが、一人で黙々と哲学していたわけではない。やはり弟子をとったのだ。プラトン以下の人々は、弟子をとって学園を創設したばかりでなく、著作まで残したのだから孤独をいいものと考えていたはずはない。哲学は一人山奥で、孤独の内に行うものではない。哲学者に隠者のイメージを持つのは誤りではないか。孤独を志向した兼行法師は哲学者じゃなくて法師じゃないか。神との、あるいは仏との対話を重視した人々は人間から離れもしようが、人間との対話によって、すなわち理性の力によって仕事をしようという種族は、人のいるところへ出ていなきゃいけない。モンテーニュが言うように、そしてプラトンパイドロスで示されているように、ものを書くということは彼ら哲学者にとってただ老年の慰みに過ぎなかった。おそらく若い内は、そして若いうちに限らずその気力が続く間は、ものを書くことに専念などせず、人々の内にあって会話を続けるのが善い。気の合う人々、かつ、それよりも重要なことだが、哲学的な素養をもった人々の対話ほど、人間の生をもっとも善いものにする行いはない、というのが彼ら哲学者の確信だ。もっとも善い生。サラリーマン生活。ギリシア貴族の生活。どちらがより多く余暇を得ていただろうか。余暇というものが、人間の生活を真に人間らしくするものであるように思われる。シュトラウスは余暇というものを重視していたような気がする。余暇を得ることの出来る人々、すなわち倉庫に食料の満ち満ちている人々。つまりは金持ち。現代日本人の、下層階級に属する自分にとっては、そこになんらかの罪悪感を抱かずにはいられない。そういう風に教育されている。西郷隆盛を尊敬せずにはいられないように教育されている。ちなみにさっき農夫と書いた人は、どうやら消防団の団長だったらしい。人に歴史ありというけれども、屈強な男たちが地域社会に満ち満ちている。この感動はなんだろう。

過去日記 2014/11/23

20日は木曜日。19日はシャノアール後、●●へ行って掃除と会議をした。ハイになって●●の話をした。みんなイケイケと進めてくれて愉快だった。●●が途中で帰る。●●が途中でやってくる。サイゼリアへ。マグナムワインを6人+途中で来た●●の計7人で干す、久しぶりに勇壮な飲み会だった。●●が早々に暴れ始め、店員や隣の客につっかかることしきり、しまいには一般客も静かにしろとわれわれに注意してくる始末。●●は泣き、●●は飲み狂い、●●は怒り、●●は暴れる。●●はワインにオリーブオイルを入れて飲んでいた。飲み会後、●●と●●と馬場歩き。●●が駐輪してある自転車をどんどん蹴り倒していく。またサイゼリアから盗んできたプレートを自慢げに取り出す。われわれは福沢諭吉の徒党だ。皿を盗む。●●と馬場駅で別れ、●●テラスハウスへ。●●と●●が起きていて、長く談笑していた。その日の飲み会の武勇伝と、●●になる見通しについての楽観的な予測について。非常に気分のいい夜だった。
 翌日20日木曜日、9時半に●●と●●を出て、馬場へ向かう。●●とはドンキホーテ前で分かれる。2限は比較政治制度論のテスト。飲んだせいで勉強しなかったけれども、どうせ飲んでなくたってやらなかったんだから仕方ない、むしろ飲んだだけ得をしたんだな。その後3、4限を切って●●でだらだら過ごす。プリンタに入っていたA4の紙を失敬して、ゼミの卒論中間報告印刷にかける。ゼミはなかなか楽しかった。今までで一番うまくできたレジュメだと思った。スタ丼を食べて帰宅。雨が降っていた。
 21日金曜日、比較宗教学レポートを提出するためだけに学校へ来たようなもので、授業にはいかなかった。たぶん用心棒を食べて帰宅。
 22日土曜日、午前中はゆっくり起き、朝食を食べながら●●と政治について話し込む。昼、焼き肉キャベツごはんを食べてから、家を出る。新橋の烏森口で年末ジャンボを購入してから、恵比寿へ。恵比寿の東口前、CAFEdeCRIEという喫茶店で執筆をすすめる。五千字進んだ。六時半頃に西口で●●と合流。ニンジャスレイヤーのライブへ。会場前にはたくさんのヘッズが並んでいた。大学生くらいの年齢の人間がほとんどだった。会場はひどい混雑、飲み物を買うことはできない。PVをスクリーンで見て、DJプレイを聴いて、ニンジャスレイヤーメディアミックス発表を聞いて、声優二人(ユカノ・シルバーカラス)を見て、生演奏ライブを聴いて楽しんだ。終了後モスカフェで食事兼一服。●●は●●邸へ。自分は帰宅。

リスペリドンについて 2017/5/11

 きょうは中途覚醒した。5時頃に起きてしまった。往々にしておれは目覚ましの直前に起きてしまう。これはつまり無自覚に身体と精神が緊張状態に置かれているのであろう。朝食はバナナを10本。昨日サミットでバナナ一房税抜き68円セールをやっていたので助かった。4房買った。きょうの朝食と昼食の分だ。昨日の夕食は1合の米とカップの油そばとわかめとキャベツのサラダ、それからバナナ4本。今朝、例によって食後にエチゾラムジアゼパムスルピリド、フェキソフェナジンを飲み下す。昨日の帰宅途中にちょっと考え事をしてよいideaが浮かんだせいだろうか、なんとなく昨日に引き続いて機嫌は悪くない。もっとも身体の方ははっきり異常を訴えていて、ヒステリー球と吐き気がしっかりある。困りものである。それでもなんだか何でもやり遂げられそうな希望みたいなものがふわふわと胸の内に漂っている。幾分かは磯山との通話で気が楽になったからだろう。旧交を温めるのはよいことだ。たまには。毎日会ったらそれはそれでうんざりするのがおれの仕方のない性分で、これは友人の罪ではない。将来的にはクリエイティヴなビジネスに従事する者たちとシェアハウスを借りて暮らし、互いによい刺激を与えあいながら過ごしたいと計画しているのだが、おれのこの人付き合いの悪さがネックになるかもしれない。もっともおれの知る限りのシェアハウスの前例を鑑みるに、たいてい末期は人間関係が悪化してそうしたコミューンはフェードアウトしてしまっている。それは実に不幸だから考えものだ。友情にもちょうどよい距離ってのがあるのだろう。いくら上手くいっている家族だってエレベーターみたいな密室で暮らしていたら窒息して死んでしまう。物理的に無理なものは無理だ。
 きょうはバイト先に持ち込む荷物のなかにリスペリドン内服液を仕込む。緊急時に用いるためだ。緊急――それはおれがすべてを諦めて死を画策する瞬間だ。潔く終わりにしてしまおうと思う瞬間は毎日1回以上ある。これは医師からしたら薬の力を借りるべき異常な状態ということだが、おれとしてはまったく健全な精神の防御反応であるとも思う。エチゾラムも4錠以上所持している。眠気ですべてをごまかすためにフルニトラゼパムトリアゾラムもしっかり携帯している。おれの可愛い錠剤は騎士の堅牢な盾だ。現代人の銃弾を腹や胸や脳にくらってぶざまに崩れたくはない。逝く時は荘厳に、熟慮を重ねた上で、ちゃっきりとやりたいものだ。衝動は抑え込もう。死ぬ時は冷静に、平静に、奥ゆかしくやろう。おれのこのポメラで書いている日記とパソコンの中にある日誌はすべておれの遺書だ。デバイスにパスワードはかけていないから、おれが逝ったら家族に是非読んで欲しい。そして後の人々のために保存しておいて欲しい。実家が細い(「実家が細い/太い」という表現をおれは最近気に入っている)者が一念発起して都で古典を学びに行き、現代人にいらだちを覚えながら暮らしていってどのような精神と身体の変遷をたどっていったか、そうしたものを示す記録になっている。
 諸君のなかにシャグに通じる者があったらオススメのものを教えて欲しい。おれのお気に入りはアクロポリス、アンバーリーフ、チェの青といったあたりなのだが、それ以上に旨いのがあったら是非試してみたい。
 きょうもまた苦役が始まる。おれの友人たちはよくやっている。素晴らしい、のかどうかは分からない。現代に、現代人に適応できることが必ずしも人間の倫理に照らして善であるとは言えない。しかし上手くやっていけているのはめでたい。その調子だ。あとは時機が来たらおれたち団結して奴らを打ちのめしてやろう。高層ビルの高層階から都会を見下ろして、シャンパンあけて葉巻をくわえながら笑ってやろう。あるいは田舎に引っ込んで古典と戯れる生活を享楽するのもよい。ある種の唐詩の心境である。