ヒメダカについて 2017/4/29

 きょうは肉体的疲労が色濃く残っている。バイト先での労働のためであるが、不愉快な記憶なのでとりたててここに書き残すつもりはない。おれは時間を切り売りしている。売った時間は他人の時間、資本家の時間、資産であるから、おれの感知するところではない。悲しいことではあるが、おれの人生はこうして減っていくものなのだ。奴隷の人生は。

 きょうはめだかを購入した。ヒメダカを10匹。サービスで11匹。検索してみると意外なほど近所に金魚の名店があったのでそこで購入したのだった。所詮経験上から言って、用意した5.8Lのバケツでは全部が長く生存するわけにはいかないだろう。だがいまのところみな頑健そうでさっそく餌を威勢よくついばんでいる。

 午前中はプリンターの設定をして、不足していたUSBケーブルをドンキホーテに買いに行き、それからセットアップを済ませて●●●●の『●●●●』を全編プリントアウトしてみた。●●●を表紙にしてクリップで止める。わりかし2年前――22歳の頃の作品も粗削りで●●●には達していないが、そう読めないものではない。実際に●●は●●している代物だ。おれは自信を持つがいい。そして1のスリケンがダメなら10のスリケンを投げろ、10がダメなら100、100がダメなら1000だ。

 貧乏暇なしとはいうが、暇な貧乏人になるのも悪くはないと思った。いまおれは労働者の身分に落ち込んでいるが、もし1日の労働時間が4時間だったらQOLは飛躍的に上昇するだろう。月給20万円で1日の労働時間が4時間。そういう生活は決して悪くない。好ましいものだ。20万円は決して金持ちの月給ではないが、日に4時間しか拘束されないのであればけっこうな幸せではないか。それを実現するためにはいまのおれの市場価値をちょうど2倍にする必要がある。そして、どうせ1日あたり4時間拘束で雇う企業なんてそうとう気合をいれて探さないと存在しないのだから、おのずからフリーランスという選択がなされることになる。おれはフリーランスになる。金持ちにはなりたい、市民としてまともな財産を手に入れたい欲望はあるが、しかし、フリーランスで貧乏暇あり暮らしをするのも悪くないと思った次第だ。

 いま19時だが、●●●投入した。昼寝に●●●。新聞の集金が来たから現金が見事に底をつきた。飯も食えぬので寝るだけだ。

 最近は労働中に死にたい、希死念慮が頭をもたげてくる。おれは時間を切り売りしている。切り売りしている最中は逃げ出すわけにはいかない。瞬間的には辛いものだ。瞬間的に死にたくなることもある。仕方のないことだ。人生70年、70年なら一瞬の夢だ。

 ここのところブルーハーツがおれの心に響く。ロクデナシでいいのだ、適当でいいのだ、古典も読まず大人のフリしている奴らはドアにぶつかって死んでしまえばいいのだ。ロックンロールは攻撃的でいて実に優しいものだ。

 労働現場の話で恐縮だが、周囲ではついに同年代のものたちが次から次へと結婚などしている。おれは結婚なんて考えてもいない。むしろ自殺をするか生き延びるか、2つの間で揺れ動いているくらいだ。『こころの電話』に相談してみようと思い立ったがネットでの評判を見るとどうも大した救いになる性質のものではないらしいので、止めた。主治医にグチるくらいしかいまのおれには吐き出す手段がない。いや、もちろん●●●を筆頭に青春時代の盟友たちとの交歓はじつに有益であるが。彼らと罪悪感、焦燥感なしに悦楽の時間を過ごすために、平日にこそ仕事を地道に進めていくのがよいだろう。幸い、ここのところ簡便なワークフローを編み出している。創作活動となると霊感を待つようなふわふわとしがちなものを想像するが、そうではなく、明確な順序と秩序に従って粛々とタイプをしていく。それでいいのではないか。

 おれはプラトンアリストテレスや、デュマやミルの話は傾聴するが、古典も読まずに生きてきた大人のフリした商人どもの言葉に左右されてたくはない。強いマインドセットをもってして彼らの横暴に耐えたい、耐える具体的な手段を編み出したいものだ。たとえばいまおれは「切り売りしている、時間を」という自覚をもつためのモージョーを携帯するなどとかいう手段で。

 ゴールデンウィークが近づいているが、あまり仕事の進捗については期待しないほうがいいだろう。精神的に。むしろ平日のほうが効率よく仕事を進行させることに意識を向けるのがよいだろう。なんだかんだ休日は、労働の疲れもあり、のんびりしてしまうものだ。そしてそののんびりは、人間の生活に、身の丈にあったもののように思われる。主治医も認めていたことだが、時代が進むにつれて労働は「それと労働者に気付かれないようにして」過酷さを増しているものだ。改めておれは奴隷なのだと認識させられる。毎日時間を厳守して、プレッシャーをかけられて、非人間的なシステムに従わされて……能動的に選択をして行動をしないのは敗北への一直線を突っ走ることと同義だ。

 またしても労働現場の話で恐縮だが、おれの所属している会社は離職率が高い。最近も辞めたヤツがいる。とても辞めそうになかったヤツだ。いろんな会社に所属したわけではないから、比較というものができないのでなんとも言えないのだが、きっとおれの思っている以上におれのいる環境は過酷なのだろう。それはおれにとってちょっとした慰みである。彼らを見ているとおれもスパっと辞める決心がつきやすいから。

 客観的な視点でおれの生活を評価してみたい。ゆっくりと。おれはこうして日誌を残しているが、はたして●●●があるだろうか。おそらくいたとしてもごく少数なのではないか。おれは(忘れがちだが)●●●、古典の門を叩いて彼らから素晴らしいエネルギーを得ている。商売にはつながらないものかもしれない。が、とても大事なことなのだ。おれは奴隷の労働に憂き身をやつしている。毎日頭の中で、あるいはパソコンのなかで、爆弾を、大きな爆弾をつくりあげようとしている。おれはまだ25にもなっていない。本当の意味で気の許せる友人に恵まれている。文化資本を知っている。読書の訓練を積んでいる。なるほど精神的には健康でないかもしれない。しかしそれは不健康な奴隷生活のためだ。工場の過酷な労働で指を切断しているようなものと考えればいいだろう。

 金持ちになるのはそう難しいことではないのではないか。おれもまだ世間が狭いから比較対象が少なくてより正確なことは言えないが、金をもっている、少なくともおれにとっては十分と思われる金を有している人間はちらほら見かける。彼ら全員が半神の英雄のごとき者ってわけでもない。

 まあ、会社、企業というのはどうも人間の性分に合わないシステムだとおれには感じられる。経営者層は別としても、労働者間では、気を許した友人同士が集まっているわけでもなし、頭脳にも肉体にも価値観にも宗教にも大きな差異がある。衝突はあって当然だといえよう。そこにストレスを感じるのはおれも人間である以上、どうしようもない。さっさとおさらばしたいものだ。人生70年は一瞬の夢だ。パッと死ぬか、あるいはさっさとフリーランスになっておれのQOLを満足のできるところまで上昇させるか。どちらかだ。とりあえず海外にはいきたいし、大学にももう一度、二度、入門したいと考えている。