つまらないことについて 2017/5/1 Ⅱ

 きょうは遅くに出勤した。たばこ屋でチェのブルーを2つ買う。これで今週の休日も安心というものだ。昼食はバナナを8本。夕食はチキンカツと1.5合の米とキャベツのサラダとわかめの味噌汁を予定している。気が向いたら明日は●●をキメてやろうと画策している。定期的な●●体験はよい。生活のデフラグになる。
 苦役が終わったら少し元気が出てきた。そんなものだ。労働者は朝の憂鬱と夜の開放感のリズムで精神の健康を保っている節があるのではないか。腹が減って胃がキリキリする。おれはどうしても一人暮らしをはじめてからカロリー不足気味だ。もともと食欲のない人間なのかもしれない。●●を服用すると食欲が増すって話だったが、効果はまったく実感できていない。きょうも例によって夜、食前に服薬した。そのほうが面倒が少なくていい。さっさと●●の血中濃度を上げてしまいたい気分だというのもある。
 通勤電車の中で『寺田寅彦随筆集』を読む。やはりあの時代といま現在では生活の速度が格段に違う。早すぎる。現代はおれにとって早すぎる。おれは入院したい。1年くらい病室でゆったりとしたいものだ。啄木の歌に「おれの病気が長引いて欲しい」ってのがあった気がするが、おれもなんだかそんな心境だ。肺病にでもかかればいい。●●で入院ってわけにはいかないだろう。
 ●●を服用しはじめたばかりの時は驚くほどの薬効を感じられたものだが、日に3回も4回も飲んでいるいま、効いているのかどうかイマイチわからなくなった。効いているからこそいまの生活をなんとかかんとか維持できているのかもしれない。●●様々である。●●も同様だ。飲み始めた頃は●●じみた症状が和らいだ。それを強く実感できた。いまではどうだろう。効いてはいるのかもしれないが、もはや生活の一部にとけ込んでしまっていて、こいつの仕事は目立たない。この状態を依存というのだろうか。いやいや、専門家の指示のもと高コンプライアンスを保っているのだから、結構な話だ。考え方としては、まず劣悪な環境、身分から抜け出すための頓服として、これらの可愛い●●を胃に流し込むのだ。おれ自身の働きによって環境を一変できれば、もはや連中に用はなくなるのではないか。あるいは、また別の問題が生じてきて奴らに頼るのかもしれない。一生の付き合いになるのかもしれない。一生! おれの人生はそう長くはないだろう。そんな気がしている。地震が起こって電柱に潰されてパッと死ぬ気もする。おれは基本的に生よりもより死のことを考えている。そちらのほうに興味をそそられている。タレスは「生きているのも死んでいるのも同じことだ。だからおれはあえては死なないのだ。同じことだから」と言った。おれもそのくらいの心持ちだ。死んでもいいし、生きてもいい。死ぬべきタイミングがあったら死ぬ。そうでなければ呼吸を続けている。なにもかもみなつまらないことだ。貯金なんてつまらないことだ。散財だってつまらないことだ。家庭をもつのが偉いだなんて、とてもそうは思えない。風来坊がかっこいいとも考えられない。おれはおれだ。死を見つめる一個の霊長類だ。