DXMについて 2017/5/4

 四肢に電撃がピリピリと走り、気だるさが全身に充満している。とんでもないポンコツ状態だ。気が付けば知らぬ間に1日が経過している。昨日は結局ほとんど24時間寝て過ごさなければならなかった。おれはどうしてこうなった? ……原因を突き止めるためには、時を少しさかのぼらなければなるまい。
 2日の夕方だ。おれは苦役中にちょっとした隙を見いだしてドラッグストアへ走った。購入したのは●●。すなわち●●だ。せっかくの休日を前にしてこいつを投入し、久々の●●体験を楽しもうという算段だ。苦役は19時半までの予定であった。おれは17時頃に●●を●●飲み下した。駅のホームで。ご存じのとおり●●は薬効を示すまでに5時間くらいのタイムラグがある。だからおれの投入タイミングは間違っていない。苦役中に●●が発現する心配はないはずだった。しかしそれは間違いだった。19時頃、認識能力に異変を感じはじめた。いま自分がなにをしているのか、どういうわけでこうした苦役に励んでいるのか、一瞬分からなくなる。考え、思いだし、了解する。そして次の瞬間にはまた分からなくなっている。ちょっと愉快な気分である。おれは冷静さを欠かなかった。予定よりも早いが、効いてきたのだ。そうと分かれば簡単だ。焦ることはない。身体に染み着いたプロトコルに従って粛々と苦役を片づける。●●感覚は徐々に増大してくる。問題ない。何度も経験したことだ。結局数十分の延長を経て、おれは苦役を終えた。それからおれは1本たばこを吸った。●●や●●などは気管支が広がるためかたばこが旨く感じられるものだが、●●についてはそうでもないらしい。●●が悪いのかどうか分からないが、さほど旨くもない、むしろ吐き気を増長さえるような感さえある。愉快な気分にほだされておれは●●に電話をかける。週末の酒宴の約束をとりつける。例によって街の音の聞こえ方が顕著に変化している。おれはイヤホンを装着しパンク・ロックを大音量で流す。今回の効果の発現の仕方は、どうもこないだ●●にも似ているようだし、アルコールとも類似が感じられた。運良く帰宅の電車では座ることができた。音楽を楽しむ。閉眼幻覚を楽しむ。この時点で20時過ぎくらい。おれの計画では22時に薬効がやっと感じられはじめるはずだったから、だいぶ前倒しで●●の霊験は現れたのだった。
 素人考えだが、●●の効果によって脳内のセロトニンは増加する。●●を飲むよりもずっと速効で増加する。ゆえに気分は穏やかに、鬱も希死念慮も吹っ飛ぶってわけだ。おれはなにもかもが許せる気分になっていた。苦役のために関わらなければならないつまらない大衆も、結局はシステムに使われて苦しむ被害者、哀れな同胞であるというような気がした。哀れみすら抱くことができた。許せた。一生付き合っていきたいとまでは思わないが、しばらくの間なら時間を共にするのも我慢できる気がした。
 家に帰ってからはもう●●の効果はピークを迎えていたように思う。時間は21時くらいだろう。トイレに立っていると、もう何度も同じ時間、空間、瞬間を体験したような気がする。自分が誰か分からなくなりながらも、デジャヴを強烈に繰り返す。眼を閉じると様々な模様が自動的に動き回り変化し、眼を開けている時以上に多様で明瞭な景色が展開する。不思議なことに食欲はあった。そもそもおれは●●との相性がよいらしく、もともと吐き気をそれほど感じない。おれは人からもらったカフェラテとアンパンを食った。●●さえ感じられたが、他の●●ほど強烈なものではない。プラシーボだったかもしれない。結局食い終わってみれば吐き気じみたものを少し感じた。たばこは依然として旨くない。風呂を沸かして入る。しばらくまんじりともせず、浴槽の中で幻影を楽しむ。いろいろの考えが頭に浮かんでは消えていく。ごくごく穏やかな気分だった。普段どれだけ戦闘的で緊張した心持ちでいるか分かるようだ。おれにヒステリー球が生じるのも仕方がない。平常時の緊張が尋常でないのだ。
 何時に寝たかは覚えていない。たぶん覚醒と睡眠の間をふらふらとしていたのだと思う。様々な夢を見た気がする。3日の12時くらいに一度起床した。米を1合と味噌汁を食う。全身がだるくてたまらない。おれの予定では3日はいろいろと活動するつもりであったのだが、とてもそんなわけにはいかなかった。眠気には勝てなかった。昼寝のつもりで折り畳んだ布団の上に横になる。で、気が付いたら次は4日の、きょうの6時半だったのだ。5月3日は寝潰してしまった。2日の夜、おれは●●の服用を控えた。●●症候群を恐れたためだ。しかし予定外なことに、3日の夜も●●をパスしてしまった。2日間も●●を抜くのは初めてなので、俗に言う●●なる現象が襲い来るかと思えばそうでもない。いまのところ離脱症状は感じずにいる。きょうは朝食に米1.5合に味噌汁を食い、通常の服薬をした。だいぶ回復してきていはいるが、やはり気だるさとふらつきは抜けきっていない。●●は長い。後遺症がヒドい。それだけが欠点だ。それを度外視すれば●●体験のツールとしては非常に優秀である。生活のデフラグになる。いかにおれたち人間の思考や感覚が微量の物質に支配されているかを再認識することができる。すべては単純で、つまらないものなのだ。受容するおれたちが複雑奇怪に考え過ぎているだけなのだ。おれにとって●●体験は死の予行演習である。おれは定期的に死に接近し、いろいろと考え事をする。それはもはやおれの人生の一部と化している。
 さて、重い身体を引きずって、おれはきょうなにをしようか。