リスペリドンについて 2017/5/11

 きょうは中途覚醒した。5時頃に起きてしまった。往々にしておれは目覚ましの直前に起きてしまう。これはつまり無自覚に身体と精神が緊張状態に置かれているのであろう。朝食はバナナを10本。昨日サミットでバナナ一房税抜き68円セールをやっていたので助かった。4房買った。きょうの朝食と昼食の分だ。昨日の夕食は1合の米とカップの油そばとわかめとキャベツのサラダ、それからバナナ4本。今朝、例によって食後にエチゾラムジアゼパムスルピリド、フェキソフェナジンを飲み下す。昨日の帰宅途中にちょっと考え事をしてよいideaが浮かんだせいだろうか、なんとなく昨日に引き続いて機嫌は悪くない。もっとも身体の方ははっきり異常を訴えていて、ヒステリー球と吐き気がしっかりある。困りものである。それでもなんだか何でもやり遂げられそうな希望みたいなものがふわふわと胸の内に漂っている。幾分かは磯山との通話で気が楽になったからだろう。旧交を温めるのはよいことだ。たまには。毎日会ったらそれはそれでうんざりするのがおれの仕方のない性分で、これは友人の罪ではない。将来的にはクリエイティヴなビジネスに従事する者たちとシェアハウスを借りて暮らし、互いによい刺激を与えあいながら過ごしたいと計画しているのだが、おれのこの人付き合いの悪さがネックになるかもしれない。もっともおれの知る限りのシェアハウスの前例を鑑みるに、たいてい末期は人間関係が悪化してそうしたコミューンはフェードアウトしてしまっている。それは実に不幸だから考えものだ。友情にもちょうどよい距離ってのがあるのだろう。いくら上手くいっている家族だってエレベーターみたいな密室で暮らしていたら窒息して死んでしまう。物理的に無理なものは無理だ。
 きょうはバイト先に持ち込む荷物のなかにリスペリドン内服液を仕込む。緊急時に用いるためだ。緊急――それはおれがすべてを諦めて死を画策する瞬間だ。潔く終わりにしてしまおうと思う瞬間は毎日1回以上ある。これは医師からしたら薬の力を借りるべき異常な状態ということだが、おれとしてはまったく健全な精神の防御反応であるとも思う。エチゾラムも4錠以上所持している。眠気ですべてをごまかすためにフルニトラゼパムトリアゾラムもしっかり携帯している。おれの可愛い錠剤は騎士の堅牢な盾だ。現代人の銃弾を腹や胸や脳にくらってぶざまに崩れたくはない。逝く時は荘厳に、熟慮を重ねた上で、ちゃっきりとやりたいものだ。衝動は抑え込もう。死ぬ時は冷静に、平静に、奥ゆかしくやろう。おれのこのポメラで書いている日記とパソコンの中にある日誌はすべておれの遺書だ。デバイスにパスワードはかけていないから、おれが逝ったら家族に是非読んで欲しい。そして後の人々のために保存しておいて欲しい。実家が細い(「実家が細い/太い」という表現をおれは最近気に入っている)者が一念発起して都で古典を学びに行き、現代人にいらだちを覚えながら暮らしていってどのような精神と身体の変遷をたどっていったか、そうしたものを示す記録になっている。
 諸君のなかにシャグに通じる者があったらオススメのものを教えて欲しい。おれのお気に入りはアクロポリス、アンバーリーフ、チェの青といったあたりなのだが、それ以上に旨いのがあったら是非試してみたい。
 きょうもまた苦役が始まる。おれの友人たちはよくやっている。素晴らしい、のかどうかは分からない。現代に、現代人に適応できることが必ずしも人間の倫理に照らして善であるとは言えない。しかし上手くやっていけているのはめでたい。その調子だ。あとは時機が来たらおれたち団結して奴らを打ちのめしてやろう。高層ビルの高層階から都会を見下ろして、シャンパンあけて葉巻をくわえながら笑ってやろう。あるいは田舎に引っ込んで古典と戯れる生活を享楽するのもよい。ある種の唐詩の心境である。