抱卵について 2017/5/13

 きょうも中途覚醒してしまった。4時台に起きてしまった。もう数日連続で中途覚醒している。こういう健康管理ができるのは日記のひとつのメリットだ。昨日はフルニトラゼパム2mgを入れたのにそれでもこのザマだからおれの無意識の緊張は相当なものなのだろう。仕方のないことだ。現代が悪い。おれは悪くない。おれの体調は悪い。ゆりかごから墓場まで現代人がついてまわる。おれはマッハ50で駆け抜けてそいつらを振り切ってやらなきゃならん。そうはいってもおれのビズが順調に進まない。まいった。こりゃ困った。おれは経験上体質的に8時間は寝なきゃいかんのにここ数日は6時間睡眠だ。いちおう6時間も寝られれば健康の範疇らしいから、さほど心配する必要はないのかもしれない。むしろ朝のささやかな余暇が多少増したと考えればある意味儲けかもしれない。

f:id:goemon0728:20170513062647j:image
 ここのところ気候が一気に温暖になった。メダカたちがついに卵を腹にくっつけ始めた。飼育用のバケツをあと2つ追加する計画がある。バケツを2つ、底石を必要量、アナカリスを1束、フロッグピットを1株購入予定だ。しばらくは水草水槽として2つのバケツを運用する。水質が安定したと思われたら、あるいは稚魚が孵化し始めるようだったら、新規のバケツのひとつに稚魚を移住させる。親魚と稚魚は同居できない。メダカは野蛮な生き物で、平気で子供を食らう奴らなのだ。別居が必須だ。1つは親ヒメダカ11匹を飼育するバケツ。1つは稚魚を育成するためのバケツ。もう1つのバケツには稚魚が成魚になった暁の引っ越し先。おれはいま貧困というやむない事情ゆえ一人暮らしをしているが、問題となるのはいざおれ自身が引っ越しをするとなった時に彼ら魚族どもをどうするかだ。佃煮にでもして食うしかないだろう。水草類はともかく、魚族を全部健在のまま長距離引っ越させるのは至難の業だからだ。多摩川あたりに放流するのは御法度だ。多摩川がタマゾン川と化す責任をおれも担うことになってしまう。生態系が崩れる。所詮人間だって自然の産物であるから、放流という行為もまた自然の行い、神々に許された行いであるかもしれないけれども。まあ今後奴らにあまりに愛着が湧くようだったら、いずれその処遇を上手く考えなくちゃなるまい。そもそもメダカってのは食って旨いものなのだろうか。誰か諸君のうちにメダカを、それも観賞用のメダカを食った経験のある者があったら教えて欲しい。ちなみにおれのこれまでの経験から、手に入れた稚魚をすべて成魚にするのは大変難しいと知っている。死ぬ者の数の方が多い。だからこそ奴らはあれほど多産で、毎日毎日飽きもせず卵のつぶつぶを腹に抱えるのであろうが。おれにやる気があったら手に入れた卵、稚魚の数を記録して、1cmくらいに無事育った稚魚の数をカウントしよう。のちの参考になるかもしれない。なんだかんだ言って、一定数必ず死ぬものと分かっていても、バケツを覗いて稚魚の遺骸を見つけると嫌な心持ちになるのである。そういう気分を多少は統計によって緩和できる。もっとも統計と呼ぶにはあまりにサンプルが少なく、また飼育の条件も限定され過ぎているからこの手法は完全に科学的とはお世辞にも言えない。ただの心の慰み、遊びでしかない。
 昨日は試みに15時頃にエチゾラムスルピリドジアゼパムを飲んでみた。いつも後者2つの錠剤は夕食後に飲んでいたのである。効果はなんとなく実感できたような、そうでないような感じだ。つまりはよく分からなかった。スルピリドドーパミンの放出を助けやる気を増強する効果がある。ジアゼパムは1時間ほどで最高血中濃度に達し、ある程度のリラックス状態に至る。とりあえずバイトは周囲の商人手伝い風情にバレないよう巧くサボタージュした。薬は関係ないな。いつもやっていることだ。おれはたいていの商人の数倍のタイピングスピードを誇る男だから、サボタージュしていても支障はない。だいたい数分の一の労力で周囲の者と同じかそれ以上の成果を出しているから、堂々と怠業を敢行しているのだ。空いた時間で記憶にのみ頼り『三銃士』のあらすじを一部書き出してみる。するとこの物語がかっちり三幕構成にはまっているのが分かる。マンの男に喧嘩をふっかけてこれに敗れ、手紙を奪われるのがインサイティング・インシデントだ。ダルタニャンが銃士3名と決闘しようという時、枢機官方の護衛士隊が現れて乱戦に至るところ、ダルタニャンが一瞬の逡巡のあげく銃士方につくことを決意するシーンがまずファースト・ターニング・ポイントである。それから第二幕が始まりダルタニャンは順調な騎士の生活を開始する。魅力的なシーン・シークエンスがいくつも展開され、含蓄に富んだ会話劇が繰り広げられる。デュマの素晴らしい筆致。マンの男と出会う前後、セットアップの段階でアンタゴニストであるミレディがいちおうわずかながら出現させられているのは巧い構成だ。ウィンター卿との決闘、それからミレディとの接近、ミレディが枢機官方の尖兵であることが発覚するのがミッド・ポイントであろう。それからディセント、ミレディの容赦のない反撃が始まる。終盤のシーン、ミレディの私刑とダルタニャンの最後の情けがセカンド・ターニング・ポイントか。それから枢機官、マンの男との和解、銃士たちとの別れ、プランシェの出世の後日談などがエンディングに当たるかと思われる。