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2017/5/16

 きょうも早朝覚醒してしまった。カフェインも入れていないのに気分はさほど悪くない。感冒のせいで体調はすこぶる悪い。例によって金パブを胃に流し込む。はるかに良い。ここのところ帰宅後、夜の体調が妙だ。食事中、一口食べては5分間ほど意識を失い、一口食べては5分間ほど意識を失い……の連続である。異常なほどの眠気が襲ってくる。これではおれのビズがまったく捗らない。日中怠業する意味が薄れる。たばこは旨い。金パブの霊験のためでもあるだろう。きょうはメンタルクリニックの受診があるので薬が仕入れられる。ちょっと油断するとその予定を忘れそうになるので注意しなくてはいけない。パロキセチンを切らすわけにはいかない。少し前までは気分が最悪の状態であったのが、最近はそれほど悪くない。気候の影響を強く受けているのかもしれない。暖かくなってきたのでおれの脳みそも持ち前の陽気さを取り戻しつつあるのだろう。本当に我々人間というのは日照時間やスプーン一杯にも満たない化学物質ですべてを左右される、デリケートな生命体だ。咳が止まらない。コデインをくれよ。きょうは金パブを4時間間隔で服用しなくてはなるまい。熱はない。36.6℃。

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 きょうの朝食は白米と焼肉のたれ。それだけだ。貧相な食事だが悪くない。『空手バカ一代』の芦原編を思い出す。芦原編では食事のシーンが実に魅力的である。屋台で塩辛いラーメンを食わされるシーンや、しょうゆ飯、ソース飯を食うシーン、朝鮮漬けを弟子に喰われるシーンなど面白い。こちらも腹が減ってくる。おれも芦原の流儀に従って、白米と調味料のみを食う。カラテがみなぎってくる。また多少金銭に余裕がある時など、おれは「おれ流コリンズスープ」をつくる。豚肉とキャベツと卵を湯にぶちこんでウェイパーを投入した料理だ。こいつもまた腹が減っている時に食うとたまらない。

 ここ数日『ダルタニャン物語』のプロットを分析、抽象化する作業を脳内で行っている。主に怠業中にそんなことをして遊んでいる。デュマのエンターテイメントの才は実に素晴らしいものだ。ここでおれが稚拙な評論をするよりも、原典を読んだ方がよっぽどおれの言う意味が分かるだろう。事実、21世紀の今日にあってデュマが様々な作品のオマージュの対象になっているのを考えれば、おのずと納得がいくはずだ。おれはデュマの戯曲、劇にも触れたいのだが、日本語の翻訳が見つからない。英語版を探すしかないだろうか。恥ずかしい話だがフランス語をおれは読めない。まったく恥ずかしい話だ。おれほどの男ともなればドイツ語、フランス語、英語は最低限扱えてしかるべきだし、ギリシア語ラテン語にも精通していなくてはならないだろう。さらに上坂すみれ嬢リスペクトで、ロシア語にも多少触れているべきだ。おれにはそれらを身につける余暇が圧倒的に足りていない。原因は貧困のためである。おれは先祖代々の財産を相続しなかった。いや、先祖代々おれに連なる血脈の人間どもは蓄財ということを知らなかった。まったく恥ずかしい話だ。

 実家が太い・細いことの影響はまず教育に現れるものだと思う。品川のマンションのロビーで、男児が英国人の家庭教師から英語の授業を受けていた。ああいうのを目撃すると自然おれの気分は沈んでくる。どうしておれにはああして語学の教養を身につける機会が与えられなかったのだろうか。妬んでも仕方のないことではある。それにおれはまだ若い。とにかくまずは財産をつくるところから始めよう。十分な蓄財を果たしたら、アテネ・フランセにでも通って言語を習得しよう。人類最高の遺産である古典に触れるのに、一つないし二つくらいの言語だけをしか扱えないようでは不幸である。死ぬまでに『ダルタニャン物語』をフランス語で読めなくてはそいつはウソの人生だろう。

 さて、朝日が差し込んできた。おれのメダカ水槽たちを照らしている。アナカリス光合成を始める。おれも苦役に赴かなくてはいかん。