ロヒプノールについて 2017/5/27 Ⅱ

 きょうはのんびりしている。のんびりしている場合ではない。おれはおれのビズを行わなければならないのだが、しかし、陽気のよい昼間、布団の上でごろごろとして人生を享楽するのは善いことじゃないか。こんなことをずっと続けていたい。平日と休日が逆転すればいい。週に2日働いたら残り5日は布団と戯れていたい。現代産業の生産力ならそれが可能なんじゃないのか。資本家が私腹を肥やしたいからこんな現状になっているんじゃいのか。どうなんだ。どうもおれの言動は共産主義めいているようだ。いろいろあるんだろう、国際競争力とか、そういう事情が。国民を奴隷にしなくてはならん理由が。おれにはさっぱり分からないが、分かる奴には分かるんだろう。
 コーヒーをたらふく飲んだ。きょうはカフェインをオーバードーズしている。それゆえか少々吐き気がする。クサノオウを1本吸ってみたがどうってことはない。アサ科の植物だからばっちりキマってくれればいいのに。乾燥具合がいいのでよく燃える。味もそれほど悪くない。たばこの代わりに常飲するのもよいかもしれない。ニコチンはまったく感じないが。どうも焦燥感と倦怠感がごたまぜになって不快だ。余ったエチゾラムを飲んでフルニトラゼパムを2mgスニッフしてやろうかと思う。昼前に飲んだゾルピデムは結局、何の薬効も感じさせないまま血中濃度が下がってしまった。なんとなく2時間くらい短期記憶が落ちていたような気もするが、期待していたようなハプニングはなかったので残念である。
 手持ちぶさたなので久々に自慰行為をしてみたがなかなかの威力で精を放った。シャツまで汚すところだった。本当に久々だ。普段性欲がまったく湧かないのだ。おそらくスルピリドやSSRIのせいだとは思う。これらを服用するようになってから、全然異性に性的な興味を抱くことがなくなった。それよりも女性にはむしろ良い友人としての付き合いを望みたい。おれがくおん嬢に感じている親しさもそうした要素にある。友人としては実に理想的な娘だ。
 どうにもやることが手につかないのでこうして、布団に寝そべってポメラを叩く。そうして時間が過ぎていく。どこかでパトカーのサイレンが鳴っている。総武線のガタゴトという音が聞こえてくる。風の音は静かだ。時折ポシャリとメダカのバケツが鳴く。おれに財産さえあったら、奴隷でさえなかったら、とても良い祝福された日なのだが。ダメだ、成功するまではおれに本当の意味での休息は許されていない。罪悪感と焦燥感から免れる手段は薬以外にない。薬だって気休めだ。そんなにバッチリ効くわけじゃない。
 大学を卒業してから2年が経った。大学時代は良い思いでばかり残っている。悪いことなどひとつもなかったと言っていいくらいだ。やり残したことはいくらでもあるが、もし転生してもう一度大学生をやったとしても、それらを全て片づけることはできないだろうし、積極的にやろうとも思わない。それほどの後悔はおれにはない。教育のない田舎者が、一念発起して古典を読んだ。それでいいじゃないか。たまに単位を取り損ねて留年が確定する悪夢を見ることがあるが、もっと強烈な悪夢に比べたら可愛いものだ。夢の後、あの時期を追体験できたことに喜びすら抱ける。
 昼食は熊本土産のアベックラーメンを2人前食った。苦役における出張の土産というだけで、アベックラーメンにはなんの罪もないのに、どうも味が落ちる気がする。心の病だ。
 くさくさする。どうもいかん。若い日々をこんな暮らしで浪費してしまっていいものか。おれは長生き出来る気がしていないが、それでもいつか後悔するんじゃないのか。ひとつの企業に隷従していると、結構他のビジネスについて盲目になってしまう。その企業の文化慣習が彼にとっての社会全てになってしまい、絶望を抱きかねない。おれはそういう状態に陥りかけていないか。いっそのこと、寝袋とナップザックだけ持って、このまま遠くへ逃げ出してしまおうか。スマホを捨て、パソコンを破壊し、水道料金やらなんやらを未払いのまま放置しておいて、誰にも告げずに、名無しのゴンベエとして風来坊の生活を始めようか。大いにありだな。それよかあれか、ロープでも買ってくるか。首をくくって死後の世界に長期旅行にでも行ってみるか。もう夏も近いし、旅行に行くにはいい季節だとは思わないか。そうだ京都へ行こう、じゃない。そうだ西成へ行こう、が正解だ。あるいは地獄か。行き先はなんでもいいや。風来坊になりてえなあ。そのための支度をしようか。準備だけでもしておくことで気が晴れるかもしれない。まずおれはサークルの荷物を大量に預かっている。これをなんとか始末しないといけない。誰かに引き取ってもらわなきゃならん。これを見ている者で希望者があったら名乗り出てくれ。サークルの荷物の件が解消したら、おれはおれの私物をあらかた片づける。そうしてナップザックひとつに当面の生活必需品を収め、いつでも出発できるようにしておく。そういうのはどうだろう。飽き飽きしちまった。不安にも失望にも、焦燥感にも罪悪感にも。たばこでも吸うか、とりあえず。くさくさするもんな。なんかさ。

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 ――で、たばこをガブガブ吸って、フルニトラゼパム2mg(ロヒプノール)をスニッフして、デパスエチゾラム)を1mg入れて、ほら瞬く間に17時だ。
 いつもは実感できないのだが、ああ、きょうはなんだかロヒスニ(フルニトラゼパム2mgのスニッフ)、効いてる気がする。一気に全身が気だるくなった。心地よい気だるさだ。例えるなら少年野球の大会が終わり、帰宅してシャワーを浴びる時に感じるアレだ。きょうもやってやったぜ9番ライトのおれが落球して負けだ。でもなんだか身体を動かしたから疲れて気持ちがいいぜ。晩ご飯までロックマンエグゼ4でもやるかな。デューオ倒すぜ、と、そんな感じだ。
 アー、効いてるわコレは。イーね。イー感じだ。
 さあて手持ちぶさただ。何かをしなくちゃいけないのは先刻承知している。でも焦燥感だけがおれを苛んで、肝心の作業の方は捗ってくれない。そうしておれの奴隷の生活期間は延びていく。栄光に向かって走るあの列車が新小岩駅のホームに到着しないのですが。総武線快速にピョンとやるか。やるか逃げるか。
 くそったれ、奴隷だおれは。奴隷だ。耐えられないほどに奴隷だ。畜生、畜生、畜生! 力がねえ! まるでねえや! 抜け出せねえ! 出口が見えねえ! 誰か助けてくれ、いや、おれはひとりがいい、なんでもひとりでなんとかしてみたい人種だ、だが、ああ、絶望――!
 17時のチャイムが鳴る。子供たちが帰って行く。犬がキャンキャン鳴く。とりあえずもう1本たばこを巻いて吸うぜ。火をつけたぜ。アンバーリーフのニコチンがおれの肺を灼く。気持ちがいいじゃないか。
 一瞬やる気めいたものが発現する。次の瞬間にそれはなくなっている。その繰り返しだ。毎日、毎日。自己を管理できない者に成功はない。グリッドだかなんだか知らないが、おれはそれが低いんじゃないかしら。ああしかし、きょうのロヒスニは大成功だな。ビズのほうは失敗だけどな。笑えねえや。ハハハ。から笑い。
 おれには力がねえや……。資本がねえや……。
 土曜日が終わっちまう。365連休をくれよ。そうすりゃなんとかなるだろう。おれだって2日も寝れば睡眠に飽きるさ。そうしたらビズに着手するんだろきっと。
 常人が嫌いだ。笑ってるサラリーマンを見るとぶん殴りたくなる。奴隷は笑うな。苦痛を表面に出せ。奴隷の生活が快適か。そんならそいつは殺す。市民社会にとって毒だからな。なまじ奴隷にも参政権があるのがいけねえ。畜生、みんな嫌いだ、おれの好きなのは賢者だけだ。奴隷を飼う奴らが賢人面して何言ってやがる。躾? 社員教育? 善人の皮を被った金の亡者め。くそったれ、ええい、忌々しい。さぞ、さぞ財産のある家に産まれたんだろう。幸福だな。人生楽しそうだな。おれは酷いヒステリー球だぜ。ジアゼパムをお願いします。親孝行? 犬に食わせろ。勤勉? 馬に蹴られろ。月給もらってウハウハのリーマン、おれのナイフが狙ってる。どこだ、資本家は? 顔を見せろ。言いたいことがある。「殺させてはくれませんか。あるいは株をよこせ」。くたびれた満員電車の乗客たち。痴漢天国盛り上がる。大盛況。今宵もエッチ・パーティーだ。くたばれ。豚の生活くたばれ。イスラム国がおれに目を付ける。スカウトがやってくる。「アッラーの国へGO」。そいつにおれは飛びついて、マシンガンを一丁調達。日本に帰れば即乱射、爆弾抱えて羽田でドン! 六本木には地雷を仕込め。品川には青酸カリを散布しろ。忌々しい老人ども。40、50、60の奴隷ども。有害だ。排除したい。顔の見えない資本家ども。発見次第斬られます。警報を鳴らせよ。おれはかまわないぜ。
 有識者の皆様、上記のような考えを抱いた20代の若者が増加しています。これって社会問題じゃありませんか? え? 違う? 「甘え」? あ、そう。じゃあ放置しておいてね。たぶん、大丈夫だと思うよ。キミはテロに巻き込まれない。なんとなくそう思うだろう? 大地震が来てもなんとなく自分だけは無事でいられるような感じ、あるだろう? そうだよね。だから安心していていいよ。
 いけねえや。奴隷になってからというもの、日記がこんな駄文で汚染されていけねえ。誰の罪だ。おれだ。おれの貧困だ。ああ貧困。うるわしき貧乏。夢の生活。豆腐を一丁それが夕食。50円ぽっきり。賞味期限直前のやつは20円引き。
 畜生! 手が止まらねえ。タイプする手が止まらねえ。もうこの辺にしておけよ。こんなの、誰も読むことのない文章だろうが、だけど、もういいかげんにしておかないと。……いいかげんにしておかないと、なんなのだ? 
 吐き出させろよ。奴隷のブルースを。
 社会不適合者め。クビだ。死刑だ。死ね。おれは死ね。見事死んでみせい、東野猛! 臆病者! 犬! 豚! 蛆! 食って寝て苦役に励むしか能のない、ゴミ虫! てめえの生涯に幸福の瞬間なんてねえ! 苦しみ続けろ、そうして資本家に幸福を届けろ。幸福の生産者だ、おれは。資本家様のためにきょうも1日頑張らせていただきます。1日のはじまりはまず挨拶から。大きな声で「オハヨウゴザイマス!」。朝礼開始! 説教! 教育! 躾! 社員の統制がとれていない! 改善! 改革! 休憩返上でパソコンに向かえ! 仕事があるだけありがたいと思え! お仕事くださってありがとうございます。そりゃそうだ、領地もなにもない、耕す畑もない男は浮浪者だ、浮浪者の使い道はそりゃ、歯車のようにギッコンバッコン働かせるくらいなもんだ。頑張れ! 頑張れ! 利益を上げろ! お前の月給は削る! そうすりゃ資本家は喜ぶ! 資本家の喜びは……? そう、キミの喜びだ! キミの不幸は……? キミの責任だ! サービス残業させてくださってありがとうございます! コンプライアンス的にアウト? なら隠れてやれ! ばれないようにやれ! 臨機応変にやれ! それが「社会人」の基礎、基本、マナー、モラル、道徳、倫理、正義、善、そうしたものだ! やったーこれでおれも、浮浪者から「社会人」に昇格した! 一生不幸を享受できるね! やったね! やったぜ。田舎の父ちゃん母ちゃんも泣いて喜んだもんな、内定出た時。奴隷の人生おめでとう。ありがとう。生んでくれてありがとう。見事奴隷になれました。奴隷に仕立て上げるために生んでくれてありがとう。感謝の念にたえません。奴隷の生活不幸だなあ。不幸ってのはつまり、不幸だと思うから不幸なんですよ。不幸を不幸と思えないようになった時、それがあなたの人生のゴールです。痛みを痛みと感覚できなくなった時、それがあなたの人生のハイライトです。奉仕の心。素直に生きろ。人を喜ばせろ。人ってのはつまり資本家のことだ。奉仕の心を持って素直に生き、そうして資本家を喜ばせろ。そうすればキミは不幸だ。不幸だが、不幸を不幸と思わない段階にあるので、不幸ではない。分かるか、この論理的思考が? この高等算術が? 分からねえ、けど偉い人がそう言うならそうなんだろうぜ。不幸のままでいようかしら。おれは不幸になるために産まれてきた。不幸になるために育った。不幸になるために学んだ。不幸になるために走る。
 独立なんてするなよ、なあ! 作家になんてなるなよ、なあ! そりゃあ人倫にもとるってもんだぜ。ちゃんと教育してくれた会社に感謝しろ。感謝の念があるなら定年まで、いや、心臓が止まるまで働いて働いて資本家を喜ばせるのが筋ってもんだろ。それがほれ、生きるってことだ。小学校の道徳の教科書にも書いてあることだ。
 おれの人生は奴隷人生、ゆったり苦しんでいこうや。さっぱり幸福のことなんか忘れて、さ。不幸を受け入れろ。不幸こそがエネルギーだ。次なる不幸への原動力だ。不幸になりてえ、と思うようになったら一人前かもな。そしたら立派だよ。勲章のひとつでももらえるかもしれねえ。葬式には社長が列席する。そんで義務的な焼香をして帰る。はい、終わり。人ひとりの人生が終わり。いやあ、いい映画だったね。後味のいい映画だった。奴隷のロードムービー。傑作だ。こりゃあ傑作だ。
 銃を持ってはいけません。資本家の命を危うくするから。剣を持ってはいけません。資本家の命を危うくするから。ナイフは職質の際に没収します。資本家の命を危うくするから。ドラッグをキメてはいけません。ちゃんとルールに従って不幸になりましょう。みんなで良い日本をつくっていこうな。日本国民ってのはつまり資本家のことで、奴隷は頭数に入ってないよ。ゴメンな。でもいいじゃん。ちゃんと奴隷は不幸になれるんだから。不幸、好きだろ、わりかし? うん、資本家のボクはちゃんと知っているんだ、キミたち奴隷が不幸を求めていること。幸福になんてさっぱり興味がないことを。
 ああきょう、やっと分かったよ。おれ、奴隷として頑張るよ。不幸になる。ちゃんとなる。なってみせる。不幸になってみせるよ。不幸になって不幸を極めて不幸のために死んでいくよ。そうしたらみんなが喜んでくれる。みんなが喜ぶことをするのは道徳的な行いだ。小学校で習ったよ。
 優先席は資本家に譲ろうね。奴隷は立とう。吊革は奴隷同士譲り合って使ってね。あ、資本家は電車なんて乗らないんだった。アメリカンジョーク! イエイ!
 資本家だって苦しんでいるんだ。いつ株が暴落するかも分からない。その点奴隷はいいよな。ちゃんとルールに則って不幸になっていれば、それでいいんだから。楽でいいよ。資本家だって奴隷がうらやましくなる瞬間があるよ。いーな、奴隷。資本家のボクはなりたくたってなれないんだから。あー、不幸になってみてえな。資本家稼業は命懸けさ。人ひとりの命がかかってるんだから大変なことだよ。過労死? そりゃあれだろ、奴隷が死んだだけだろ。奴隷は人じゃないから。カウントしません。ブー。バッテン。
 とにかく東野猛くん、キミは作家になんてなれません。なりません。なっちゃいけません。それは反道徳的なことです。奴隷でいなさい。ね? 独立なんて考えちゃダメ。地獄に落ちちゃうぞ。社葬が出来なくなっちゃう。それってとってもいけないことなの。ね? ワカル? ……はい、分かりました。もういっさいおれ、作家になりたいなんて口に出しません。奴隷、そう、奴隷ですよね、おれ。うん。分かってきました。のろまな頭脳がようやく理解をし始めました。よろしい! この先もずっと奴隷でいような。不幸でいような。生涯不幸宣言! ビシッ! カッコいい!
 ――そして。おれは。そして……。
 ナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。そしてナイフを持って立ってた。