やりがいについて 2017/5/27 Ⅲ

 サミットで意気揚々とカートを片づけるパートのおばちゃんを眺めてひらめいた。なるほど強制された仕事でも、(おれの嫌いな言葉だが)「やりがい」を感じる瞬間は確かにある。おれにもある。苦役中、なにかひとつのタスクをやり終えて、数独のパズルを解いた瞬間のような快感を得ることが日常的にある。
 おれのような独立独歩でしかやっていけない人種は、この快楽の経験を積むことでビズを続けていられるのではないか。この小さな成功体験? 脳内麻薬? を感じることが肝要なのではないか。
 おれはいまおれ自身のビズを恐怖している。失敗が怖いのだ。だが、あえて、おれは自分にビズを強制しよう。そうすればいつかの瞬間に、その、数独パズル解読快楽がやってくる。それを繰り返せば仕事はさほど苦ではなくなるのではないか。
 些細な発見である。他人から見たら「何を今更」と思われるかもしれないが、きょうのおれの収穫はこれだ。サミットのパートのおばちゃんから得た着想を活かしていきたい。強制された仕事でも、ある瞬間には快楽があるのだ。それを繰り返せ。そうすればきっと、ふと気づいた時にサグラダ・ファミリアが完成している。

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 きょうの夕食はサミットで買ったチキンカツとアクエリアスである。アクエリアスの2Lのボトルはメダカ水替え用のグッズとして重宝する。サミット内の「私の喫茶室」で茶を4杯飲みながら熟考した。収穫があってよかった。きょうはこれでよしとしよう。リスペリドンとフルニトラゼパムジアゼパムパロキセチンとを飲んで、ひとまずは寝よう。