奴隷について 2017/5/31 Ⅱ

 いつもなんとなく気分が沈んでいる。好調だった時の感覚が思い出せないでいる。気落ちしているのが通常のコンディションになってしまっている。生きづらいわけである。
 もう一度車内販売が来たらコーヒーを買おうと思う。
 口の中に入れたエチゾラムが全て溶けた。最高血中濃度まで3時間。半減期は6時間。
 窓から見える景色が楽しくない。憂鬱である。やる気がない。成功する目途が立たない。怠惰が治らない。どうしようもない。四方を壁に囲まれた。壁をぶち壊すにはどうしたらいいんだろうか。おれの腕力じゃとうていかなわない。
 車内販売が来た。パウンドケーキセットを買った。420円。アイスコーヒー。アイスコーヒーが旨い。よく冷えている。パウンドケーキもイケる。甘い。
 日本の田園風景がおもしろくない。いや、いまのおれにはどんな景色を見せたってダメだ。おもしろくない。くさくさする。その田畑がおれの財産だったらさぞ楽しいだろうが、あれは違う、誰か他の、幸福な地主のものだ。おもしろくない。見えるもの全てがおれのものではない。誰か違う幸福な老人のものだ。おもしろくない。このパウンドケーキとアイスコーヒーだけはかろうじておれのものだ。こっちは旨い。コーヒーがなくなっちまう。あと1リットルくらい欲しい。カフェインが効いてきた。よろしい。窓から見える企業や住宅や山林はみな誰か幸福者のものだ。おれのものではない。おれは皇帝のつもりで生きているのに、こうして現実と対面させられると、一文無しで流浪するチャールズ2世であることを思い出させられると、辛い。奇形のドン・キホーテだ。ルイ14世からの援助も期待できない。ラ・フェール伯爵だけが頼りだ。おれのアトスはどこにいるのだろう? 
 氷をバリバリ食う。おれにはドリンクを飲み干した後、つい氷を食べてしまう癖がある。
 郡山の景色もおれを憂鬱にさせるだけだ。背の低い住宅が建ち並んでいる。それぞれに人が住んでいる。彼らには彼らのそれぞれの生活がある。彼らは人間か、奴隷か、どうなんだ。
 旅行、旅というものに関心を見いだせなくなっている。おれのビズ、将来のことが気にかかって、とても楽しめない。苦しみを先延ばしにするだけのことだ。大きな気がかりがあるからおれには旅は楽しめない。もっともドラッグによるトリップ(旅)は別だ。あれは生活の良いデフラグになる。そろそろおれはDXMをキメる機会を伺っている。金曜日の15時頃、苦役先で服用したらさぞ愉快だろう。おれは以前それを実行して、非常に良い思い出を残した。
 奴隷、奴隷、奴隷だおれは。間違いない。皆誤魔化しているが、サラリーマンはつまるところ奴隷と変わりない。時代が進むに従って奴隷の生活水準が上がり、「奴隷」という言葉の代わりに「サラリーマン」という言葉が発明されただけで、本質的にはスレイヴ、奴隷だ。違いない。数々の古典を研究してきたおれが言うのだから信じて欲しい。しかしおれは皇帝のつもりでいるから余分に辛い。先日ひょんなことから死んだ老人の預金口座を目にする機会があった。2400万円入っていた。2400万円の預金+年金収入。おれの預金口座にはいま、8000円入っている。8000万円ではない。8000円である。さまざま税をとられる。医療費もバカにならない。借金だって600万近くある。ポンコツの奴隷だおれは。かの老人は幸福だ。死んだし。
 おれの祖母の命もそろそろ危ういと聞いた。認知症の祖母である。認知症を患う前からどこか統合失調症めいた被害妄想に満ち満ちていた祖母であった。そのおかげでだいぶおれの性格も影響を受けた。人の顔色を伺って生きるようになった。祖母が怖かった。そんな彼女も認知症というトリップ(旅)へ出て、次の行き先は死の旅。一方おれは鎖で首を繋がれて、ちょっとした外出すらも自由にならない。たばこ1本自由に吸えない。思考ひとつ自由に出来ない。すべては貧困がゆえに。
 そろそろデュマの霊験に撃たれなくてはダメだ。時間はないが。おれはまたダルタニャンと冒険しなくてはいけない。アトスの温かい視線を浴びたい。7月に入ってまずやることはデュマとの会話だ。覚えておこう。
 それにしてもきょうはポメラを携帯していてよかった。昨日はポメラを家に忘れたから苦役中文章を吐き出すことが出来ずに辛かった。