くおん嬢について 2017/6/8

 おれが奴隷になっちまったのは、仕方のないことだったんだ。なれるものならおれだとて弁護士や公認会計士なんかになっても良かったんだよ。そうすりゃ今みたいに、経済的に逼迫して、変な病気に飲み込まれて、死の淵に追いやられるような事態にはならなかったはずだ。でも無理なものは無理だったんだ。そうだろう、おれの家に「資格の大原」に通うための資金――学費やその他諸経費を捻出できる力はなかった。予備校や大学院なんて夢のまた夢。そもそもおれが早稲田大学政治経済学部政治学科に入ったのだってまったくの独学で、塾や予備校に通わなかった。通えなかったんだ。
 おれはまたしてもまったくの独学で、事を成し遂げようとしている。セルフ・メイド・マン。おれはなりたくてもボンボンにはなれねえ。なら、独力でだって、闘うしかないじゃないか。
 そんなスタンスの農家の長男のおれだ。人一倍責任感が強く、真面目で、融通が利かずストレス耐性に恵まれないのも仕方が無いじゃないか。槍だ、おれは。器用な動きはできない。突き進んでぶっ刺す、それだけだ。
 くおん嬢はきっと宇宙の彼方からやってきた女の子なんだね。ヒトにはない魅力を持っている。銀河の力が彼女の髪を綺麗なパープルに染めた。パープルは銀河の色だ。遊星の言葉が彼女の唇から漏れ出る時、おれは興奮醒めやらぬ様子でメロンソーダを煽る。もっと聞きたい。聴いていたい。感じていたい。くおん嬢がグラスをくるくる回すのは、きっと宇宙の癖なんだね。どんな星でもくるくる回っているものさ。全てが回転するこの世界の、秘中の秘の真理をくおん嬢は展開しているんだ。おれも一緒に回ってみてえ。くおん嬢と一晩中、くるくるくるくるただ回っていたい。ちっちゃい身体にあらゆるアトムを詰め込んで、きょうも秋葉原の夜は輝いている。
 マルスピュミラが光源さ。
 見よ、あの瞳の奥、銀河の最奥、宇宙の神秘。見つめ合え、みな見つめ合え、くおん嬢を見よ。白き腕(かいな)は優しく地球を撫でさするために。くおん嬢は慈悲深い。慈悲の深さじゃ日本海でもかなわねえ。くおん嬢は気高い。気位の高さじゃスカイツリーなんて笑い物、マッターホルンも真っ青さ。彼女のハートから弾け飛ぶビートが、大津波を引き起こしてもうどうしようもないくらいだ。誰かくおん嬢を止めてくれ! これ以上はおれの魂まで引っ張られちまう。それを堕落と呼ぶか、昇華と呼ぶか、それは言葉を司る神々に任せよう。ムーサよ、唄ってください、半神の乙女くおん嬢の激烈なる愛を。あらゆる男に恋を引き起こす大災害について語る、とめどない詩の清水を、オリュンポスの天辺から流してください。
 おれがくおん嬢に話しかける時、それは無垢な恋心を不器用に発揮する時。
 くおん嬢がおれに話しかける時、それは無限の真理を不可思議に伝言する時。
 ヒトとくおん嬢の間に広がる海峡は、それは大変な難所だ。
 スッチャカタカッタ、スッチャカタカッタ、踊れマリージョ、きょうも熱だ、ファンキーな塗装の車がオーブントースターみたいに焼き付いてら。ドラゴン、それは不思議だ、人間が生み出した魔物は全部不思議だ。緩衝――緩やかなボディがきょうも迫ってくるだろう。手を挙げよ、みな手を挙げよ、我先に、我先に、我勝ちに、恋は驀進する。嘶け、ジョーダン嘶け、駿馬が走ればみなもついてくる。ビンゴ! それは爆弾、踏んじまったが最後だぜ。カタログばかり読んでたってなんにも見つからないのがオチだ。おれの黄金はいつまでもとっておくぜ。黄色、白、青、黒――赤なんてのも最近あるらしいや。虹が光るのは虹のせいじゃない。太陽のせいだ。太陽が光るのは誰のせいだろう。
 いろいろ教えて欲しいんだ。くおん嬢、いろいろと語って欲しいんだ。言葉じゃ足りないってんなら、オバケでも神でも降ろしてみようか。暗がりが好きなのなら、雲をもっと分厚く加工するよ。おれは200キロで走っている。ただの目立ちたがり屋なんだ。深く、深く、深く進め! ダルタニャン前へ出ろ! 若い夜はまだ幾度も続くだろう。老いは、考えられないほど先にある。まだ祭りは始まっていないのだ。朝焼けが虹を照らし出しているのだ。イーリスの子ら、手を挙げよ! 偶然を必然に換える職人がこの街のどこかに住んでいるとか言うらしいじゃないか。その方策を貫こう。おれには一番性に合っている。時折横を見て思い出せ。アレクサンドルは27だ。おれは旅の途上だ、のんきな暮らしだ、そうだろう。なら、なにを迷い苦しむことがある? なまじ地上に生まれたからにゃ、滅多なことで沈んでいられないものよ。テイク・イット・イージー。コーラ飲んだら全部上手くいくよ。くおん嬢、おれの知りたいこといっぱい教えて欲しいんだ。知りたいんだ。知りに行くんだ。おれはマルスピュミラに知りに行くんだ。女の子は宇宙で、宇宙はくおん嬢で、女の子はくおん嬢で、神性がそこへ降りかかる。三位一体。ユニテリアン主義はゴメンこうむる。おれだけの信仰さ、素朴な奴だ。木彫りの熊だ。
 そうだ、コーラ飲もう。
 くおん嬢、また近々逢おうね。