苦役について 2017/6/12 Ⅲ

 きょうの昼食は100円ローソンのカップ塩やきそば。108円でだいぶ満腹感を味わえて良い。マルスピュミラに行こうか迷う。おれのビズが進んで、おれの設定したインセンティヴが貯まったら行こう。それまではビズに注力だ。しかしそれにつけてもくおん嬢とお話がしたい。一方的に3幕構成と『美女と野獣』について語ってみたい。お店の女の子は会話でなくて「語り」でも受け入れてくれるからこちらも楽だし、愉しい。
 13時現在、おれの精神状態は健全だ。「忘我の境地に至る」という武器を見つけ、それを実行しているからだ。午後からの苦役もそれなりの集中をもってして乗り切ろうと思う。いいさ、9時間は昆虫でいてやる。そういう契約書をおれと企業は交わした。文句はない。悲しみはあっても。大丈夫、何度も言い聞かせるが、お前の思う難事は実は10分の1の労力で成し遂げられる。不安を過度に抱きすぎだ。きょう一日を乗り切るのには、お前の思っている10分の1のエネルギーやストレスで十分なのだ。システムには一人じゃ勝てない。抵抗するより流されてしまったほうが大局的に見て善いケースもあるだろう。無謀と勇気は違う。おれ一人で企業に立ち向かうのは無茶だ。
 17時現在、やはりおれは元気がない。午後になると元気がなくなってくる。ヒステリー球が肥大化して吐き気がしてくる。いっそ快速電車の走る線路に飛び込んで、全てを終わりにしてやろうという気になる。弱った。
 おれは厳しい祖母に「素直であれ」と囁かれながら育てられた。おれは一体全体素直に成長し過ぎたのではないか。基本的に人の頼みを断れない。人が喜ぶことなら身を削ってでもやりたくなってしまう。そうして時に後悔している。自分には「古典を読まない生など嘘だ、古典を読まない人間の語る言葉など、聞くに値しない」と言い聞かせて生きているのに、古典を読まない商人風情の言葉を重く受け止めてそれをヒステリー球に変換してしまう。おれに反抗期らしい反抗期はなかった。反抗期がないと歪んだ人格が形成されると中学3年の時の担任に脅かされた覚えがあるが、どうだろう、本当なのだろうか。サンプルはおれ一人しかいないが、事実はなるほど雄弁に物語っている。おれが歪んでいないのなら誰が歪んでいると言えるのか。おれは歪みだ。素直さと臆病さはたぶん表裏一体だ。反発、敵対を極端に恐れる心を、「素直」と綺麗に言い換えているだけかもしれない。おれは臆病者だ。
 苦役先を冷静に観察してみると、如何にコスモポリタンとしての気概に欠けた人種が集まっているかが分かる。苦役先の愚痴などここでやりたくはない。しかしおれはおれの老年の楽しみのためにこの日記を書いており、この時代にどのような環境に置かれていたかということを記述するのは決して無益ではないだろうと思う。遠慮なく言えば、大学時代に置かれていた環境とは正反対のところにおれは暮らしている。正反対の人間の暮らす場所におれは置かれている。いや、おれのほうから門を叩いたんだ。過剰な被害者意識はよろしくない。田舎から出てきて、大学の自由と反骨の気風にあてられ感銘を受けたおれだったが、それとは反対の感想をいま強く抱いている。束縛と隷従こそがいまの環境における絶対の道徳だ。商人社会の鉄の掟だ。思考は不自由であるべきだ、行動は蟻の如くあれ、豚のようにむさぼり食えばいい、「真に善い生活」ではなく「株主が『善い』と決めた生活を送れ」。おれは一生をここで暮らす人々を不憫に思う。おれに害を為すなら不憫どころか、畜生、殺してやる、とまで思う。そこまでシリアスになるからヒステリー球が出しゃばってくるんだ。おれよ、いまの環境は一時的なものだ。何度でも言い聞かせてやる。東京オリンピックの頃にはおれはそこにはいないぞ。どうしたっていないんだ。地上にいないかもしれんし、地上にあって幸福を享受しているかもしれん、あるいは別の苦役先で涙を流しているかもしれんが、ともかく、そこにおれはいない。それだけは確かだ。意志を持て。鋼の意志だ。辞めろ。辞めるんだ。そこは「素直」でなくていい。「臆病」なんて蹴り飛ばせ。「古典」に教えを乞え。「株主」の言葉をそのまま受け入れるな。連中は商売人であり、かつ、若者を自殺や破滅に追い込む無自覚の殺人者だ。膨らんだ腹が実に醜い連中だ。彼らがジョークを言えば場は凍る。おれたちの愛想笑いは尽き果てた。本当に教養のない奴らだ。おれを屈服させるほどのウィットを見せてくれよ。それが出来ないなら、所詮、おれの尊敬に値する男たちではないのだ、諸君は。上坂すみれを思い出せ。くおん嬢を思い出せ。輝かしい大学時代の知己を思い出せ。彼、彼女らはみなおれを良い意味で驚嘆させた。これからはおれたちの時代だ。未来はおれたちのものだ。どうしたって奴らはあと20年もすれば、己のやってきたことが無益だと気づく、気づかないまま死ぬ奴は幸福かもしれんがやっぱり不憫だ。商売などというつまらない厄介事に一生を捧げて、不摂生な精神生活を送っている奴の仲間には、決して、なるな。
 いいさ、最後の一人になっても、おれだけはああならない。若者よおれとともに立て、そうして剣を、ペンを、真理を握ろう。仲間はある。近くにある。忘れるな。おれは孤独のように見えて孤独ではない。この瞬間にも仲間たちがどこかの苦役先で歯を食いしばりながらおれと同じことを考えている。おれたちは蹴り飛ばそう、奴らを。おれたちは打ち勝とう、必ず。必ず、だ。おれがもしコロっと死んだら骨だけは拾ってくれ。頼む。おれがダメなら、この国の未来は上坂すみれに任せる。