リスペリドンについて 2017/6/14 Ⅱ

 いまおれは成功の途上にある。成功の前奏曲を聴いている。生きている限り失敗はない。そのことを忘れずにいよう。
 3幕構成のおさらいをしなくてはいけない。セントラルクエスチョンと、『美女と野獣』のキーワード「見かけに騙されてはいけない」は別物である。セントラルクエスチョンは「はたして野獣は人間に戻れるかどうか」だ。
 昨日は夜、ビズに取りかかろうと考えていたができなかった。リスペリドンが戦犯だ。薬の使用については慎重を期するのがよい。それでも耐え難いヒステリー球への簡便な対処法が欲しい。夜に服用したフルニトラゼパム2mgは正解だった。朝まで深い眠りを貪れた。
「満員電車の中/くたびれた顔をして/夕刊フジを読みながら/老いぼれてくのはゴメンだ」
 ヤンデレは素晴らしい。無償の愛をこれでもかというほど重く捧げてくれる。ラブ・コメディにあるようなくっついたり離れたりの機微を楽しむのではなく、まずその強力な粘着力ありきで、さて、これからどのように物語が展開するのか、悲劇はどこへ終着するのかという経過を観察するのが愉しい。エロスな描写も美しい。男の、ではなく女のストレートなスケベ心が発揮されるのがまた良い。ヤンデレヒロインにハッピーエンドはあるのか? おれの好きなフリーゲーム『止まない雨に病みながら』では、メインヒロインのトゥルーエンドはそれは悲劇的なものだった。アニメ版『SHUFFLE』ではヤンデレヒロインは主人公の愛を勝ち取れなかった。
 昨日希死念慮が強く出た時に思った。われわれは自分が幸福であるか不幸であるか判定する能力を、何かシステムの力で曇らされているのではないかと。衣食住は満たされている。ゆえにお前は己を幸福と判定すべきだ、幸福だと思わなくてはいけない、という圧力を感じる。本当はそうではない。客観的に見て、おれという一人の人間が死を想うくらいなのだから、おれは幸福の境地とはほど遠いのだ。それでもおれはおれを「不幸」と思うことに罪悪感を覚えさせられている。「戦中・戦後はもっと辛かった。甘えたことを言うな」と何か得体の知れない霊が耳元で囁く。
 苦役が終わった。明日は兵庫まで出張である。また早起きしなくてはいけない。
 リスペリドンを飲まない帰り道はこんなにも楽なのかと驚く。如何にリスペリドンが人から気力体力を奪うかが分かる。そして、矛盾するようだが、苦役を一番楽に済ませる方法はどうやら一所懸命苦役にとっかかることらしい。きょうはこれまでにないほどの能率でタスクをこなしてやった。そうしたらあっという間に時間が過ぎていった。無駄なことをくよくよ考えない時間をより多く作れば、それだけ楽に過ごせるのだ。時間は矢のように経過する。何もしないでいる5分間は恐ろしいほど長いが、タスクにかかりきりになっている状態では一瞬に感じられる。
 おれはそれを私生活でも取り入れるべきだろう。おれのビズについて分析的な冷静の態度と、狂信的な熱血な態度があるとすれば後者を選択するべきだ。成功のためというより、健康のためにはそうあるべきだ。もし心身に余裕ができたら分析にとりかかるがいい。その2つの状態を行ったりきたりして成功に近づいていく他、道はない、のではないか。
 なんだかんだ夕方になるとヒステリー球が肥大化してきてムシャクシャする。ムシャクシャ、イライラするからヒステリー球が出しゃばってくるのか、あるいはヒステリー球が先にあっておれの感情を害してくるのか、その順序はよく分からない。対処のしようもない。
 季節というのは罪な奴だ。夏になると気分が上がってくる気がする。冬になると沈鬱な気分に苛まれるような気がする。それじゃあおれは天気の奴隷ではないか。これを「自然」だと受け入れられるようになればたいしたものだろう。しかし現実は、苦役は、季節を問わずおれに辛いタスクを押しつけてくるから困る。
 きょうの夕食は米1.5合とキャベツのサラダと豆腐3パック。デザートにチェの赤。
 きょうはメダカたちの餌の食いつきが良かった。
 目覚ましのアラームを3時45分にセットする。
 サラダを食べながら●と通話した。くおん嬢の話や●の話をした。土曜日にパーティーをする。