キャリアプランについて 2017/7/11

 きょうも苦役は苦役だった。まだ終わっていないが。きょうは朝食は抜き。昨晩秋葉原で野郎ラーメンを食べた。大宮駅でラッキーストライクを買う。吸う。昼食はマクドナルドのダブルチーズバーガーセット。ドリンクはアイスコーヒー。最近はカフェインの霊験に頼ることが多い。15時半頃に所定の作業を終える。それから東京の本社へ帰社だ。いまその帰路の途上である。電車の中でポメラを叩いている。本当は適度なサボタージュ(スローダウン)により16時半まで作業にたっぷり取り組み、本社ではなく直接自宅に帰るのが理想だったのが、そういう風に事は運ばなかった。苦役中、現場を放棄して煙草を吸いながら転職先を探す。意外とおれの好みのポストが世の中には転がっているように見受けられる。それだけでいくらか気分がよくなる。転職すればおれのこの、腐ったような生活も幾分かマシになるのではないか。頭の中で計画を練り上げる。やりたいこと、欲しいもの、色々な事が思い出されて少しだけ生きる気力めいたものが湧いてくる。
 しかし現実はなんだ、この困窮はどうしたことだ。物質のみならず精神の方もガリガリと削られてもう相当な消耗をしている。望まない職に望まない行動規律、望まない人間関係に望まない給与、あらゆるものがおれの思い通りにいかない歯がゆさ。無力感。絶望。ともすれば陥りがちな視野狭窄。預金口座に金がない。身動きがとれない。勇気も度胸もないのだ。新しい環境に飛び込もうとする熱烈な意志が欠けている。遅効性の毒のような生活を、甘んじて享受しているおれはバカ者だ。大バカ者だ。いつかきっと後悔するに違いない。いつかきっと猛烈に後悔するだろう。いまの苦役は芸の肥やしにはなるまい。とうていなるまい。なんという単純作業だ。なんと強烈な吐き気を催す人間関係だ。支配、被支配を覆い隠す欺瞞、奴隷の惨めな境遇。
 いっそ発狂したふりをしてしまおうか。カッターナイフを持ち歩いて、ここぞという時に振り回すなり、自分の首を切りつけるなりして大暴れ、おれは晴れて強制入院。めでたしめでたしだ。おれはそういうカタルシスを求めている。いまの生活はゴミ溜めだ。爆発さしてやりてえ。爆発だ。おれに足りないのは爆発だ。ドカン、だ。イスラム国がおれをじっと見ている。観察している。スカウトが査定している。おれは見られている。おれは視線を感じている。熱烈な視線だ。
 イスラム国はともかく、実際のところおれはまだその程度だ。カッターナイフを持ち出して発狂するのがせいぜいだ。東京をまるごと吹き飛ばすほどの不満を抱え込んじゃいない。なぜなら希望を完全に失ったわけではないからだ。全ての希望を失う瞬間はあっても、それは一時的な視野狭窄のせいだとおれは自覚ができる。おれはまだ大丈夫なのである。おれは建設的なキャリアプランを建てなければならない。
 ①対四間飛車右銀速攻型キャリアプラン。おれはムーサイオスの技芸に一生を捧げようと考えている。ゆえにおれはいますぐ苦役先を飛び出して、ムーサイオスの技術の完成の一助となるような職に鞍替えしてしまう。なりふりかまわない、ヤケクソの戦法だ。ともすればおれは破産して死んでしまうだろうが、成功すればそのメリットは大きい。若さを失わないうちに業界に飛び込むことができるのだ。のちのち、おれの晩年、この急転の時期を懐かしく思い出しほほえむこともあろう。当時の苦労が芸の肥やしになることもあったろう。しかし、問題は、いま、おれの手もとに現金のないことだ。30万くらいあればパッと転職していまの部屋も引き払っちまうのだが。それができない。おれの貯金は当月2000円だ。2000万円ではないのだ。2000円では交通費にもならない。
 ②対四間飛車左美濃型プラン。とりあえず来年までは駒組みを進める。安定した陣形を築いて(=ある程度の貯金をつくり準備をして)、それから転職だ。情報収集も怠らない。駒組みを進めながら敵の動きに合わせてこちらも攻撃陣形を決める。いくらムーサイオスに関わる職業だからといって、いまよりも困窮してしまうのではおれが耐えられない。だからそれなりにおれの技能が評価される場所を、ちょっと時間をかけて求めるのである。だが、おれははたして「ある程度」の貯金ができるだろうか。それすらも許されないのがいまの生活ではないだろうか。自信がない。成功を確言することはできない。が、大局的に見てまあまあバランスのとれた無難なキャリア設計だ。
 ③対四間飛車居飛車穴熊型プラン。おれは耐える。ひたすらに耐える。いまの環境に耐えて耐えて耐えまくって、そしてじっくり力を貯めていく。おれのいま進めている、とあるムーサイオスに関する計画は、時間さえ経てば必ずおれに善い結果をもたらしてくれるものだ。これが花開くまで待つのだ。防御に全ての駒を割く。右の銀すら防御に回る。角行だって重要な守りの拠点だ。あとは粘り勝ちを狙うのだ。おれが途中でくたばったりせず、相手が卑怯な藤井システムなど用いなければ、100パーセントに近い勝利が約束されるのである。速攻に比べて頓死のリスクは少ない。しかし、時間をかけすぎておれが忌まわしい病で死ぬ可能性はある。速攻とは異なるリスクが問題となってくる。それに、戦術の優位性にあぐらをかいていては、研究熱心な同世代の人間に追い抜かされるかもしれない。
 ④光速の寄せ。もし上述のプランが上手くいって、おれの生活が終盤戦に突入したとするならば、あとは簡単だ。おれは寄せは得意なんだ。まず、借金を全て返済する。これは必須だ。居飛車の税金、という言葉があるが、おれにとってのもっとも大きな税金はいま抱えている600万という借財である。これはどうしようもない。この借財が発生したこともたいして後悔はしていない。これは返す。端歩は突き返す。まず返す。そののち、おれは大学へ行く。大学へ行くのだ。大学に「帰還する」と言ってもいいかもしれない。専攻は語学が哲学か、あるいは医学か薬学がいい。節操のないようだがおれの興味は非常に幅が広いので仕方がない。第2の学生時代では、英語フランス語はいわずもがな、おれは古典ギリシア語ラテン語を扱えるようになるだろう。そうして世界は5倍にも広がるだろう。それはとってもすてきなことだ。大学院にも通う。経済的な不安から解放されたおれは、博士号までとことん突っ走るつもりだ。おれはそのころまとまった財産を抱えているだろうから、資産管理用の企業を興すつもりでいる。そこにはおれの尊敬すべき知的な友人たちを呼び寄せて住まわせる。彼らが保護を必要としていたら、だが。たぶんそうはならないだろう。彼らは立派だから。また、私設奨学金を設けて次世代のモーツァルトやデュマを庇護するのもおれの仕事だ。