賢く思われる方法について 2017/7/16Ⅱ

 相手に「こやつ、頭が良い」と感じさせるしゃべり方を思いついた。

 まずなにがしかの古典を読む。あるいは何かマニアックな雑誌でもいい。それを読んでいくつかの固有名詞を記憶する。そうして会話の中で、その単語を出す。たとえば「まるでそれはモーツァルトの『イドメネオ』ですね!」のように。もし話者がモーツァルトの曲を『イドメネオ』しか知らなかったとしても、会話の相手はこう感じるだろう。「こいつは会話にモーツァルトを持ち出してきた。きっとクラシック音楽の知識が豊富なのに違いない」と。

 こうした手段はたとえば上坂すみれがうまく多用しているように思われる。自分の興味ある分野の固有名詞を比喩につかったり、な にかのタイトルにモンタージュ的に用いたりして「彼女は知識が豊富だ」と客に思わせることに成功している。しかし本当は、客のほうでもやろうと思えば同じことができるのではないか。たとえばカードゲームに詳しいオタクはどんな些細な会話にもわざとらしいほどたくさんカードゲーム用語を用いれば、相当なマニアックだと相手に感じさせることができるのではないか。

 たぶん、一部の頭の回る人間はこの手法を意識的に用いている。そして一部の人間は、この方法を無意識に使ってディスコミュニケーションを生じさせ、相手と理想的な関係を結ぶのに失敗している。

 おれは意識的にこの話法を使っていこうと思う。相手を圧倒できるばかりでなく 、そういうしゃべり方をした方がたぶん精神的にも楽だ。自分のフィールドに持ち込む、ということをするのだ。自己中心的なやり方だが、周りを気にしすぎる人、気を使いすぎる人はこの手法を用いてもいいと思う。うまくゆけば、ちょっとは対人ストレスが軽減されるのではないか。おれもだいぶ参っているから、緊急回避的にこのテクニックを使わせてもらう。死ぬよりはいいだろう。法律に反するわけでなし。それに、友人の前ではそんなことはしない。苦役先などのような、あまり人間関係に頓着すると逆に毒になるような環境で積極的に用いていくのがよい。